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1 深刻化するハラスメント被害
厚生労働省が公表した令和5年度「過労死等の労災補償状況」によれば、精神障害に係る労災請求は3,575件、労災認定が883件(うち自殺・自殺未遂が79件)と、いずれも過去最多とされています。そして、精神障害の発病に関与する出来事としては、パワーハラスメントが最も多く157件、セクシュアルハラスメントも103件とされており、ハラスメント被害の影響の大きさが浮き彫りとなりました。
ハラスメントは、従業員の人格や尊厳を傷つけるだけではなく、うつ病等の精神疾患の原因となる行為であるとともに、企業にとっても職場秩序の乱れや生産性に悪影響を及ぼし、貴重な人材の損失につながるため、事前の防止策と有事において迅速かつ適切に対応ができるよう体制を整備することが求められます。
今回のコラムでは、はじめに個別の法令において措置義務が定められているハラスメントの類型と注意点について確認をしたうえで、近年、早急な対応が求められているカスタマーハラスメントについて基本的な事項を解説していきます。
2 個別の法令において措置義務が定められているハラスメントの類型と注意点
まず、労働施策推進法や男女雇用機会均等法、育児介護休業法において、事業主に対し雇用管理上の措置義務が定められているハラスメントとして、以下の4つが挙げられます。
これらのハラスメントに関しては、「事業主は、…相談者からの相談に応じ、適切に対応するための必要な体制の整備その他雇用管理上必要な措置を講じなければならない」(労働施策推進法30条の2第1項、男女雇用機会均等法11条1項、同11条の3第1項、育児介護休業法25条第1項)などと規定され、措置の内容は、厚生労働省が定める各種指針において具体化をされています。
「事業主」には、雇用している従業員数による制限等はないため、中小企業や個人事業主を含む、全ての事業主が対象となります。
3 フリーランスや就活生等に対するハラスメント
これらのハラスメントに関する注意点として、ここでは、以下の2つの点を指摘したいと思います。
(1)フリーランス保護法による体制整備等
まず、令和6年11月1日より施行されるフリーランス保護法(正式名称は「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」)では、発注者(特定業務委託事業者)は、業務委託におけるセクシュアルハラスメント、パワーハラスメント、妊娠・出産等に関するハラスメント行為によってフリーランス(特定受託業務従事者)の就業環境を害することのないように相談対応のための体制整備その他の必要な措置を講じなければならないとされています(同法14条6項)。
具体的には、①ハラスメントを行ってはならない旨の方針の明確化、方針の周知・啓発、②相談や苦情に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、③ハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応などが求められます。発注者は、フリーランスがハラスメントに関する相談を行ったこと等を理由として契約の解除などの不利益な取扱いをすることも禁止されています(同条2項)。
また、業務委託のうち「政令で定める期間以上の期間行うもの」(継続的業務委託)については、発注者に対し、その業務委託の相手方であるフリーランスからの申出に応じて、妊娠、出産もしくは育児又は介護と両立しながら業務に従事することができるよう、当該フリーランスの育児介護等の状況に応じた必要な配慮を行うことも義務付けられています(同法13条。なお、継続的業務委託以外の業務委託の場合については、配慮の努力義務とされています)。
裁判例においては、以前から特別な社会的接触関係にある発注者と受注者であるフリーランスとの間には安全配慮義務が認められ、ハラスメント行為に対する損害賠償責任を認める判断が示されていたところ(東京地判令 4• 5 •25)、今回の立法によって、法令上、フリーランスも保護されることが明確化されている点に注意する必要があります。
(2)就活生やインターンシップ生に対するハラスメント
次に、最近では就職活動中の学生やインターンシップ中の学生に対するハラスメントについても問題となっている点に注意する必要があります。学生等に対して性的な言動を行う就活セクハラや、内々定と引き換えに他社への就職活動を取りやめるよう強要する就活終われハラスメント、過度な圧迫面接等によるパワーハラスメントなどが典型です。
これらの就活ハラスメントについては、法令上、企業に対策は義務付けられていないものの、労働施策総合推進法及び男女雇用機会均等法に関する指針において、就活中の学生等にも「事業者は対策に取り組むことが望ましい」とされています。
就活ハラスメントについては、ひとたび該当する行為が行われた場合、SNS等において拡散をされることもあり、企業のレピュテーション、さらには将来の採用活動等に大きな影響を及ぼすことがあります。
このため、企業としては、厚生労働省が公表をしている「就活ハラスメント防止対策 企業事例集」等を参照しつつ、就活生等に接する採用担当者等に対し、日頃から注意喚起等を行っておくことが大切です。
4 カスタマーハラスメント
個別の法令による定めはないものの、近年、社会的に大きな関心を集め、対策が求められているハラスメントの類型として、カスタマーハラスメント(顧客等からの著しい迷惑行為)があります。
カスタマーハラスメントについては、厚生労働省が令和4年2月に「カスタマーハラスメント対応企業マニュアル」を公表したり、令和6年5月には、東京都がカスタマーハラスメント対策を目的とした条例案の作成に向けて具体的な考え方を示すなどされています。
このような動きを受け、民間企業においてもカスタマーハラスメントへの対応を明確にする動きが広まりつつあります。
業種 |
対応内容 |
・大手鉄道会社 |
グループ全体として「カスタマーハラスメントに対する方針」を策定・発表し、身体的、精神的な攻撃や威圧的な言動、土下座の要求、社員の個人情報等のSNSやインターネット等への投稿、正当な理由のない商品交換、金銭補償の要求、謝罪の要求などをカスタマーハラスメントと定義したうえで、該当する行為が行われた場合には、お客さまへの対応をしない、さらに、悪質と判断される行為を認めた場合は、警察・弁護士等のしかるべき機関に相談のうえ、厳正に対処する旨を公表。 |
・大手航空会社 |
大手2社で連携し、「カスタマーハラスメントに対する方針」を策定・発表し、カスタマーハラスメントに該当する行為を暴行や誹謗中傷、過剰な要求、会社・社員の信用を棄損させる行為(SNS投稿等)など9つの類型に整理。カスタマーハラスメントには、組織として毅然とした対応を取る姿勢を明確にするとともに、実際に起きた事例を両社で共有して対応力を高めるとしている。 |
・大手百貨店 |
「カスタマーハラスメントに対する基本方針」を策定・発表し、お客さまによる暴力や不当・過剰な要求、従業員への誹謗中傷・つきまとい行為、従業員の個人情報等の SNS 等への投稿、土下座の要求等をカスタマーハラスメントの対象行為としたうえで、該当すると判断した際は、対応を打ち切り、以降の来店をお断りする、悪質と判断した場合は、警察、外部の専門家(弁護士など)に連絡の上適切に対処する旨を公表。 |
令和6年7月には、住宅メーカーの男性社員が自殺したのは、カスタマーハラスメントなどで精神疾患を発症したことが原因だとして、柏労働基準監督署が労災認定を行ったとの報道もなされており、企業には、従業員を守る観点から、カスタマーハラスメントに対し、毅然とした対応をとることが求められています。
なお、カスタマーハラスメントに関しては、いわゆるB to Cのビジネスだけではなく、B to Bのビジネスにおいても問題となる点に注意する必要があります。
自社の営業担当者が顧客企業(取引先)の経営者や担当者から、人格を否定するような暴言を浴びたり、あるいは過度な要求を受けたりするケースなどが想定されます。
実際、B to Bのビジネスにおけるカスタマーハラスメントについて、民事訴訟に発展しているケースもあり、たとえば、長野地裁飯田支判令4.8.30では、取引先である病院側が行った医療機器販売会社の営業担当者に対する暴行・脅迫行為について、「カスタマーハラスメントとも言うべき」ものであるとして、病院側の担当者の不法行為責任を認めるとともに、雇用主たる病院の使用者責任も認められています。
自社の従業員が取引先からハラスメントの被害を受けた場合、従業員の人権や就業環境を害するものとして毅然とした対応が必要となることはもちろん、その一方で、自社の役員や従業員が取引先に対しハラスメント行為をしないように(ハラスメントの加害者とならないように)注意することも求められます。
5 企業に求められる対応
ハラスメントについては、該当するかどうかの判断が難しい場合も多く、また社会の変化に応じて新しい問題や類型も出てくるため、定期的に従業員等に対し研修を行い、ハラスメントに関するリテラシーの向上を図ることが求められます。
また、働きやすい職場環境づくりの観点からは、早期に相談できる体制を構築することも大切です。最近では、社内窓口の設置に加え、外部の弁護士事務所等に社外窓口を設置する企業も増えてきています。
その際、実務的に重要なのは、ハラスメントに該当するか微妙な場合であっても、広く相談できる体制を整備し、適切な対応を取れるようにしておく点です。ハラスメントには該当しない場合であっても、安全配慮義務の観点から、企業として職場環境を調整し、配置の見直し等をすべき場合があり得るためです。
たとえば、大手銀行のパワハラ自殺事件(徳島地判平30・7・9)では、自殺をした従業員に対する叱責は違法ではないと認定されたものの、上司である管理職らは従業員が日常的に厳しい叱責を受けていたことを認識していたこと、従業員が継続的に異動の希望を出していたこと、従業員の体重が2年間で15kg減少するなど体調不良は明らかであったこと等の事実を認定したうえで、従業員の執務状態を改善し、心身に過度の負担が生じないように、異動を含めその対応を検討すべきであったのにそれを怠ったとして、会社の安全配慮義務違反を認めています。
ハラスメントをめぐる労使間の紛争やハラスメントを原因とする従業員の精神疾患は年々増加傾向にあり、企業としては、こういった現状を認識したうえで、ハラスメントの予防及び有事の際に迅速かつ適切な対応ができる体制づくりに真摯に取り組むことが求められます。
(このコラムの内容は、令和6年7月現在の法令等を前提にしております)
(執筆)五常総合法律事務所
弁護士 持田 大輔
MKT-2024-515
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