急速な変化と予測困難な課題が企業に押し寄せる時代です。2024年現在、世界経済は依然として不安定であり、高インフレ、地政学的リスク、エネルギー供給の不安定さなど、様々な要因が中小企業の経営環境に大きな影響を与えています。また、AI技術の進展やデジタル化の加速は、企業に新たな挑戦と機会をもたらしています。同時に、従来のビジネスモデルに固執することはリスクとなり、新規事業の展開やイノベーションの推進が急務です。しかし、限られたリソースの中でこれらの課題に取り組むのは容易ではなく、多くの企業が持続可能な成長を目指して奮闘しているのが現状です。

「経営者から学ぶ」対談シリーズは、青山学院大学陸上競技部の原晋監督が、様々なフィールドで活躍する経営者との対談を通じて、日本を革新していく中小企業経営のヒントを探っていく企画です。原監督は箱根駅伝で同陸上競技部を過去7度もの総合優勝へと導くなど、企業経営にも通ずるチームマネジメントのスペシャリストとして、活躍し続けています。

 

第7回は名湯一門 高見屋(以下、高見屋)。山形県で創業300年の歴史を持つ老舗の温泉旅館・ホテルグループで、蔵王・庄内・最上・置賜の主要温泉地を中心に、ホテル・旅館など17施設を展開しています。このほかにもスキー場や観光施設をはじめとする複数の事業を展開し、組織として進化を続けています。代表取締役会長(十六代目当主)岡崎 彌平治氏、代表取締役社長 岡崎 博門氏にお話を伺いました。

 

対談ゲスト プロフィール

 

名湯一門 高見屋 代表取締役会長(十六代目当主) 岡崎 彌平治(おかざき・やへいじ)氏

1955年、山形県山形市生まれ。玉川大学卒業後、ミック商事に入社。1979年、高見屋旅館に入社し、常務を経て1997年、代表取締役社長に就任。2018年、博門氏の代表取締役社長就任と同時に、代表取締役会長に就任。

 

名湯一門 高見屋 代表取締役社長 岡崎 博門(おかざき・ひろと)氏

1990年、山形県山形市生まれ。慶應義塾大学卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了を経て、高見屋に入社。2018年、代表取締役社長に就任。

300年続く歴史と「千本杉の教え」

青山学院大学 地球社会共生学部 教授、陸上競技部長距離ブロック 監督 原 晋氏(以下、原氏)

 

名湯一門 高見屋 代表取締役会長 岡崎 彌平治氏(以下、彌平治氏)

 

名湯一門 高見屋 代表取締役社長 岡崎 博門氏(以下、博門氏)

 

原氏: 蔵王といえば高校や大学の部活の合宿地としても選ばれることが多いですよね。ここに来るまでにそういった学生たちを車窓から目にしました。元々は一般の方向けの湯治場として発展してきたのですか?

 

彌平治氏: はい。蔵王温泉は、約1900年前に「最上高湯」と呼ばれ、その名は日本武尊(やまとたけるのみこと)の随臣・吉備(きびの)多賀(たが)由(ゆ)が傷を癒した温泉に由来します。彼が瀧山(りゅうざん)で敵の矢から逃れた後、ふもとの温泉で傷を治したとされ、この湯は薬湯として尊重されて、「高湯」と名付けられました。

 

原氏: 大変長い歴史がありますね。その後、お宿ができたのは今から300年前だとか。

彌平治氏: 江戸時代中頃の1716年、徳川吉宗が八代将軍に就いた年に、二代目彌平治が創業しました。当時、山形藩主の堀田正虎は地方経済に注目し、正虎の施策で大火と緊縮政策で苦しんでいた高湯村は復興します。後に正虎の養子・正亮が藩主となり村名を「堀田村高湯」と改め、地域の発展に貢献しました。江戸時代後期には旅宿業が栄え、「東講(あずまこう)商人(あきんど)鑑(かがみ)」が発行され、高湯温泉は景観の美しさで多くの旅人に愛される観光地となりました。

 

原氏: その頃は何度目かの代替わりが行われていると思います。何代目の主人が高見屋を仕切っていたのでしょうか。

名湯一門 高見屋 代表取締役会長 岡崎 彌平治氏

彌平治氏:九代目、彌平治重知(しげとも)です。当時は天保年間(1830年〜1844年)の飢饉の時期で、九代目は将来の経営リスクを減らすため、「庭訓」と題した8項目の戒めを残しました。その内容には「朝早く起きること」や「常に身の回りを清潔にすること」などが含まれ、祖先が山守を務めていたことから、山を綺麗に保つことで悪いものを防ぐという教えもありました。

 

原氏: 庭訓の中で、現在でも宿の経営に生きている教えや、彌平治会長が特に印象深く感じている教えはありますか。

 

彌平治氏: 「千本杉の教え」です。将来、子孫たちが家業の経営に真剣に取り組むことを願い、九代目彌平治は私有地に9,999本の杉を植えました。もう1本植えて1万本にしなかったのは「衣食住の奢りを戒め、気を引き締めて家業にあたるように」「現状に満足せず、常に将来を考えて努力を怠らないように」といったメッセージを伝える意図があったそうです。困難な時期においても家業を守り抜くための知恵として、現在の経営理念にも深く影響を与えています。

 

原氏: あえて9,999本として、新しい挑戦をし続けるように、という教えが脈々と受け継がれているんですね。

 

彌平治氏: その通りです。9,999本の杉の話には続きがあります。上京して学んでいた先代(彌平治氏の父)が、これからはスキーという競技が流行ると聞き、山形に帰ってきてから9,999本の杉を伐採してスキー場に変えたのです。現在も当社が経営するスキー場です。

 

原氏: まさに新たなチャレンジですね。

 

彌平治氏: しかし、父は晩年まで「(杉林をスキー場に変えたことを)先祖に申し訳ない」と悔やんでいて、その後スキー場の横にホテルをつくりました。元々あった杉林にちなんでホテルは「JURIN」と名付けられています。2年ほど前に大改装をして、新コンセプト“木々と暮らす、薪火リゾート”を打ち出しました。

 

原氏: パンフレットを拝見すると、とてもモダンで洗練された雰囲気に感じます。一方で、昔ながらの雰囲気の温泉もあり、旅の疲れが癒されるでしょうし、高見屋さんの社是「立ち寄る人に安らぎを 帰り行く人に幸せを」を体現しているなと思いました。

 

彌平治氏: 社是については、旅館業として常に先々のことを考えた上で、お客さまから求められるものに高いレベルで対応し、心地良く過ごしていただける温泉をご用意し、癒しや幸せを感じて満たされていただきたいという思いを込めています。その前提となるのが、先祖が創業以来300年大切にしてきた自家源泉を守り続け、本物の温泉、上質な温泉をお客さまに提供することです。名湯一門の名に恥じぬよう、全施設で良い温泉が整備されていることを普遍的なコンセプトとしています。

お客さまに安らぎと幸せをもたらしてきた温泉

原氏: 私も熊本で小さな温泉宿を経営しているんです。自家源泉を持っていて、良い露天風呂もあるのですが、お話を伺っていてコンセプトをもっと明確にする必要があるなと、経営のヒントをいただいた気がします。ところで、今気づいたのですが(壁を見て)ここに源泉が展示されていますね。

 

彌平治氏: ここから湧いているのをあえて見せています。当社はここを含めて17施設、特色の異なる旅館を運営していますが、「お客さまによい温泉を楽しんでいただくこと」は絶対にブレてはいけない軸なんだと全社員に伝える意味があります。もちろんお客さまに対しても、私たちが創業以来、滾々(こんこん)と湧き続ける自家源泉を大切に守りながら、提供していることを知っていただき「高見屋、蔵王温泉はいいね」と思っていただきたいと考えています。

深山荘 高見屋の1階に展示された自家源泉

革新のカギは次世代へ。会長が若社長に託したバトン

原氏: 守り続けるという言葉から、先代から会長、そして博門社長へと、思想や在り方が脈々と受け継がれているのを感じます。代替わりについてのお話も伺っていきたいのですが、会長ご自身は先代からどんなことを受け取ったと考えていますか。

 

彌平治氏: 多くの困難を乗り越えながら、次世代に良いものを残せるよう常に努力する精神です。父は先代(彌平治氏の祖父)が早く亡くなったことで、若いうちからいろいろなことを引き継ぎ、奮闘していました。そんな父の背中を見て学んだことは多いです。自分が十六代目当主となってからは、良い状況が続いても慢心することなく、常に物事を改善し続ける姿勢を持ち、その精神を次世代、さらに次の世代にも伝えることを目指し、行動してきました。

 

原氏: そんな会長から社長へ、経営のバトンを渡したのが2018年です。このとき、特別に意識していたことはありますか。

 

彌平治氏: 陸上競技のリレー種目では、バトンを受け渡すことができるゾーン(テイクオーバーゾーン)がありますよね。その範囲内でいかにスムーズにバトンを渡し、つないでいくかが重要だと考えていました。そのためにも、彼には早い段階から私との密なコミュニケーションを通じて、重要な経営判断や戦略策定のプロセスを学び実践させてきたつもりです。できるだけ早いうちからビジネスの核心部分を深く理解させ、責任感やリーダーシップを強化する狙いもありました。

 

原氏: ここからは社長にもお話を聞いていきます。幼い頃から経営者である会長を見ていて、いずれは自分が当主になるという覚悟はあったと思いますが、コーネル大学大学院卒業後すぐに地元に戻って働くことに葛藤はありませんでしたか。

名湯一門 高見屋 代表取締役社長 岡崎 博門氏

博門氏: 比較的すんなり「戻ろう」と決断しました。というのも、蔵王温泉で生まれ育ち、代々続く家業が旅館業ということもあり、旅館経営という仕事は自分にとって責任と使命感を持って向き合いたい、とても重要なアイデンティティだと考えていたからです。また、父が旅館業や蔵王地域の活性化に熱心に取り組む姿を見てきたことも、自身の考えに大きな影響を与えました。

 

原氏: そんな会長から社長が受け取ったのはどんなことですか。

 

博門氏: 先の千本杉の教えを含む、代々受け継がれてきた重要な教えはもちろん、次世代へつないでいくことの大切さです。地域活性化目的での取組みもしていますが、将来は我が子にこの蔵王という地でお客さまから喜んでいただける商売を続けてほしいという思いも大きくなりつつあります。そういった環境や土台をつくることを意識した仕事をしています。

 

原氏: 社長が担当したJURINの大改修も、そういった取組みの一環だと思います。ここで、JURINの特徴について教えていただきたいです。

 

博門氏: 薪を使った非日常の空間や体験を提供しています。薪火バーラウンジでは、炎や薪の音を楽しみながら癒しの時間を過ごせ、夕食には薪火で調理した蔵王牛のグリルもご用意しています。

 

原氏: 歴史あるJURINの経営を一から任せられ、コンセプトを刷新し……という大仕事は、会長・社長双方にとって大きな決断だったのではないでしょうか。

 

彌平治氏: 私の頭の中にあったJURINのイメージとは違いましたが(笑)、お客さまに良い温泉を楽しんでいただくという基本は守られていて、結果としてこれまでにない施設ができました。

 

原氏: JURINの目の前には高原が広がっていますし、都会ではなかなか味わえない感動体験ができそうですね。最近では宿でアクティビティを実施するケースもありますが、JURINでも何か特別な取組みを行っているのでしょうか。

 

博門氏: 少し前に朝ヨガ企画を実施し、お客さまからご好評をいただきました。

 

原氏: 施設の魅力を落とし込んだその手の新たな企画はどのようにして生まれているのでしょうか。

 

博門氏: 多様なバックグラウンドや視点を持つ社員に参加してもらい、自由な話し合いの場を設けて、アイデアを企画にしていく時間をとっています。互いに尊重し合う企業文化を育み、多角的な視点からの意見交換を重視しているんです。旅行における意志決定者は女性であることが多いため、女性社員にもリアルな意見を聞いたり、アイデアを積極的に出してもらったりすることがあります。

 

原氏: 年齢や社歴に関係なく、意見を言いやすい組織風土をつくっているんですね。会長が以前、とあるインタビュー動画で「社員のアイデアを形にするには、話せるムードづくりが大事だ」と語っておられたのを思い出します。

 

彌平治氏: ベテランと若いスタッフ、それぞれに良さがありますが、経験値という点では若いスタッフはベテランに比べて少ないのは確かです。しかし、だからこそできることもあり、彼らは既存の枠にとらわれない柔軟な発想をたくさん持っています。お客さまに温泉を楽しんでいただくという、私たちの普遍的な想いとズレている意見に対しては「それは違うよ」と指摘しますが、私たちの軸がブレず、お客さまにとってプラスになる意見であれば積極的に取り入れます。私自身、先代から「哲学を持て」と教えられてきました。私たちの温泉がなぜここにあり、なぜ温泉業を営んでいるのかをお客さまに伝えることこそ、私たちの最大の使命です。お客さまにその理由を知っていただけたとき、「高見屋がいいね」と思っていただけると確信しています。

「四方よし」の理念を実践する新時代のマネジメントへ

原氏: 私が監督を務める青学の駅伝チームとの共通点を感じました。20年前に監督に就任した当初は、チームの理念や行動指針がまだ学生たちに十分に浸透しておらず、彼らの行動に対して私が拒否権を行使することが多々ありました。しかし、時間が経つにつれ、チームの核となる思いが組織に定着し、学生たちも自主性を持つようになり、私が拒否権を発動する機会も減ってきました。チームがどれだけ華やかになっても、箱根駅伝は学生スポーツであることを忘れてはいけませんし、常に道徳心を持って正しく向き合うよう指導しています。ぶれない軸を持つ組織こそ、長期的に安定した伝統を築けると考えています。

 

彌平治氏: まさにその通りです。強力なリーダーシップを持つ監督が、一時的に強いチームをつくることは可能です。しかし、それだけでは持続可能な組織にはなりません。私もその点を常に意識しており、私の代で終わるのではなく、社員全員が主体的に考え行動する文化を築くことが重要だと考えています。実際に、社長をはじめ社員たちもそれを実践してくれています。また、当社は多店舗展開しているため、各施設で皆が意見を出し合いながら、組織全体が成長していくことを目指しています。

 

原氏: ひとつ気になったのは、社長の若さです。社員の多くは年配の方々で、社長にとっては両親や祖父母に近い年齢の方もいらっしゃると思います。立場的には社長ですが、年配の方々からすると「社長はまだ若い。自分の方が経験がある」と思われることもあるかもしれません。世代も感性も異なる方々をまとめ、リーダーとして結果を出してこられましたが、具体的にどのような点を意識してマネジメントやコミュニケーションに取り組んできたのでしょうか?

博門氏: 年配の方とコミュニケーションを取るのは比較的得意なほうだと自負しています。とはいえ、監督のおっしゃる通り、年齢やバックグラウンドがまったく異なる世代の方に自分の考えを伝えるときは、どのように伝えれば相手が分かってくれるかを常に考えています。ただ、それ以上に大事にしているのは、相手の話を聞くことです。今も積極的に現場に入って、社員と直接コミュニケーションを取るようにしています。

 

原氏: 昨今はDX化が進んでいます。高見屋さんも例外ではなく、デジタルを取り入れた新しい施策を行っていると思いますが、そういったツールやシステムの導入意図を共有し、理解してもらう必要もありますね。

 

博門氏: そうなんです。お客さまに満足していただくサービスの提供はもちろんですが、社員の負担を減らし、効率的に働ける環境をつくることも重要だと考えています。具体的には、生産性向上を目的に、システム導入を担当する部署を設置して、業務のオートメーション化を推進しています。これは外部環境の急速な変化に対応するためでもあります。また、テクノロジーを活用し、社員一人ひとりが“個性を持った個人”としての強みを最大限に発揮できる業務に集中できるよう努めています。現場で聞いた彼らの意見を反映しながら、質の高いサービスを提供しつつ、より働きやすい環境へと着実に近づいている手応えを感じています。

 

原氏: サービス業にはブラック企業的文化が残っていることがありますが、社員が自己犠牲を強いられるような環境ではなく、新しい感性を持ち込んで、働きがいのある仕事を提供し、より良い職場環境をつくろうと注力されていることが窺えます。社長の姿勢からは社員に寄り添いながら、組織を良い方向へと導いていくサーバント型リーダーシップを感じました。この在り方は大学教育における核となる要素であり、私たちの教育理念にも深く根ざしています。

 

博門氏: そう言っていただきうれしいです。どんなときも意識しているのは「四方よし」の精神です。売り手である我々創業家、買い手であるお客さま、世間に加え、社員にとってもより良い環境をつくりたいと考えています。その上で考えたのは、自分自身が働きやすい環境を整えれば、社員も働きやすくなるだろうということ。さらにそこから発展して、自分自身が喜ぶようなおもてなしをサービスとして提供していけば、同じような価値観を持つお客さまにも喜んでいただけるとも考え、行動に移しています。

 

300年に渡る伝統を守りつつ、組織として豊かな成長を遂げている高見屋。後編では、同社の組織づくりや新事業を含む地域活性化施策に焦点を当てます。社員一人ひとりの個性を生かし、常に挑戦し続ける個人と組織であるために、どのような取組みを実践しているのか——。後編もぜひご一読ください。

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