急激な変化と予測困難な課題が企業に押し寄せる昨今、世界経済の不安定さやAI技術の進展により、従来のビジネスモデルからの脱却や新規事業の推進が急務となっています。一方で、限られたリソースでこれに対応するのは容易ではなく、持続可能な成長を目指して奮闘する企業も少なくありません。

 

「経営者から学ぶ」対談シリーズは、青山学院大学陸上競技部の原晋監督が、様々なフィールドで活躍する経営者との対談を通じて、日本を革新していく中小企業経営のヒントを探っていく企画です。

 

前編では、名湯一門 高見屋 代表取締役会長(十六代目当主) 岡崎 彌平治氏、同代表取締役社長 岡崎 博門氏に、高見屋の成り立ちや長く大事にされてきた教え、次世代への経営引き継ぎなどについてお話を伺いました。

山形県山形市蔵王温泉にある同社は、創業300年超となる老舗の温泉旅館・ホテルグループとして、蔵王・庄内・最上・置賜の主要温泉地を中心に多様な施設を展開しています。

 

先祖代々受け継がれてきた源泉を守り、本物の温泉を提供し続けるという旅館業の基本に忠実でありながら、「四方よし」の理想を掲げ、お客さまから社員まで関わるすべての人々が幸せであることを目指す同社。社員一人ひとりの個性を生かし、人だからこそ提供できる温もりのあるおもてなしを大切にしています。

今回の後編では高見屋の組織づくりや新事業を含む地域活性施策についてお話を伺いました。組織づくり・チームマネジメントのスペシャリストでもある原監督の見解にもご注目ください。

 

対談ゲスト プロフィール

 

名湯一門 高見屋 代表取締役会長(十六代目当主) 岡崎 彌平治(おかざき・やへいじ)氏

1955年、山形県山形市生まれ。玉川大学卒業後、ミック商事に入社。1979年、高見屋旅館に入社し、常務を経て1997年、代表取締役社長に就任。2018年、博門氏の代表取締役社長就任と同時に、代表取締役会長に就任。

 

名湯一門 高見屋 代表取締役社長 岡崎 博門(おかざき・ひろと)氏

1990年、山形県山形市生まれ。慶應義塾大学卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了を経て、高見屋に入社。2018年、代表取締役社長に就任。

ハンデは個性。どんな環境でも明るく、挑戦心を持ち続ける

前編の最後に博門氏の口から語られたのは、「四方よし」の精神を重視し、創業家、顧客、社会、そして社員にとってより良い環境を築くことを目指しているというお話でした。自身が働きやすい環境を整えることで社員も働きやすくなり、また、自分もうれしくなるようなおもてなしを提供すれば、同じ価値観を持つ顧客にも喜ばれると考え、実践していると話す博門氏に対して、原監督は共感するとともに人材確保の問題を提起する形で、鼎談後編がスタートしました。

 

原氏: 素晴らしい在り方ですね。組織も良い形にまとまっているのだと想像します。私は小規模な温泉旅館のオーナーになって数年経ちますが、最大の課題は人材の確保です。私の宿がある村は人口が約2,000人と少なく人手が不足している状況です。ただ、この課題はその村だけの話ではなく、社会全体で旅館業を含むサービス業全体が直面していることだと思います。多くの場所で、優秀な人材をどう確保するかが大きな課題になっています。一方で、高見屋さんはサービス業特有の厳しい労働環境を改革し、社員が幸せに働けるような環境を提供しています。旅館業はもちろん、サービス業全体のモデルケースになるのではないかと思います。

 

彌平治氏: そういった考え方を持たなければ、良い人材を集め、育てていくことはできません。とはいえ、当社も未だに人手が潤沢とはいえませんが、業界的に見ると若いスタッフが比較的多く勤めています。すべての施設に支配人やマネジャー、調理長、部門長などがいます。小規模ながらも複数の施設がある場合、そういったマネジメントの役割を持つスタッフは数十人規模に及びます。旅館業のマネジメントは昔と現在で大きく変わりました。昔は封建的な主従関係が強く、主人や女将さんが指示を出して、社員はそれに従ってサービスのクオリティを保っていました。しかし、現在はそのような体制では十分とはいえません。社長や女将と社員との間にマネジメントが入ることで、一人ひとりが主体的に考え、行動できる体制を整える必要があります。そうすることで、経営層が持つノウハウに依存することなく、お客さまからの多岐に渡るリクエストに応えることができるようになります。実際私たちの組織は全員がその責任を理解し、個々がその役割を果たしていると思います。皆には本当に感謝しています。

 

原氏: 高見屋さんとの鼎談(ていだん)が決まり、御社のことをリサーチするうちに、社員が200人以上いることを知り、どのようにマネジメントされているか非常に興味があったんです。今日こうしてお話を聞いていると、高見屋さんのスタイルなら社員もついてくるし、適切な人材を適切に配置できるだろうなとも感じました。もうひとつお聞きしたいのが、社員それぞれが持つ個性を大切にしながら、どのようにしてまとめ上げているのか、さらにはその個性から生まれたアイデアを施設にどのように落とし込んでいるのかということです。採用サイトにあった「ハンデは個性」というワードは印象的でした。

彌平治氏: あれはたまたま生まれた言葉なんです。その成り立ちは私たちがある意味で、ハンデになり得る要素を持っていることにあります。例えばここ(鼎談場所となった深山荘 高見屋)は蔵王温泉街の細い路地(高湯通り)の最も奥まった高台にあり、20段ほどの石段を徒歩で上らないと玄関に辿り着かない立地です。駐車場から玄関までは少し離れています。また、築100年以上の純和風木造建築のため館内にエレベーターはありません。かつて上皇さまがお泊まりになった部屋は3階の一番奥にあり、もちろん当時も階段をご使用いただきました。ですが、お客さまはうちのこういう特徴を良いものとして捉えてくださっています。一見不便に感じる特徴を個性として捉え、スタッフにもそれを引け目と感じることなくがんばろうと伝えていたら、ハンデは個性という言葉が自然と生まれたという流れです。

歴史の重みを感じさせられる館内は階段のみ

原氏: 根の部分が明るいなと感じました。与えられた環境の中で「どうすればできるか」「どう花開くか」という視点で物事を考え、物語をつくりあげようとしている、といいますか。私もそういうタイプですし、自分が率いるチームもそうだからこそ、大いに共感しました。一方で、中には「こんな条件だと、そもそも上手くいくわけがない」などと理屈をこねて何も進まない人や、迷ったときにすぐに諦めてしまう人もいます。私はその真逆で、迷ったときには楽しそうな方向にチャレンジしようと考えます。このようなマインドの差が、組織の明るさや風通しの良さ、成長の差などに大きく影響していると思います。どんな環境にあっても挑戦心を持って、常にポジティブな方向を模索することが、組織全体の活性化につながっていくのでしょうね。

 

彌平治氏: 私も同意見です。迷うときというのは、大抵51対49のような非常に微妙な差で悩んでいるものです。そんなときはやってみる方がいいと思います。たとえ失敗しても、それほど大きな問題にはならないはずです。どちらがいいか迷ったらとりあえずやってみよう、ダメだったら別のことをやればいいんだよ、と社員にも伝えています。この考え方は企業としてのアイデンティティとも関連しています。今、私の組織が明るいとおっしゃっていただきましたが、私自身はちょっとちゃらんぽらんだと思っています。でも、そのちゃらんぽらんな部分が、ポジティブな方向へ動く勢いを生んでいるのかもしれません。

「面」を意識した地域活性化施策で、蔵王温泉の未来を切り拓いていく

原氏: 私も「チャラいは最高の褒め言葉」という独自の格言を持っています(笑)。ちゃらんぽらんであることが、実は様々なことに対してポジティブに考える姿勢や新しいアイデアを引き出す力につながると信じているんです。高見屋さんのブランディングについてもポジティブさや感性の新しさなどを感じます。私たち陸上部の話をすると、初期には私が監督として理念を強く推し進めながらチームをつくっていきました。しかし、そのやり方では面白くないと感じたため、徐々に解放的な方向に舵を切りました。この過程で「個の色合わせて緑となれ」というスローガンを掲げ、2016年の1年間はその思想に基づいて取り組みました。このスローガンは、各自が個性を存分に発揮しつつ、最終的にはチーム全体がチームカラーであるグリーンに染まるように、という意味が込められています。個々の特徴を生かしながらも、最終的には旅館としての一体感を大切にし、ブランド力を高めて企業価値をさらに向上させていく姿勢は、高見屋さんの考え方にも通じるものだと感じました。

 

彌平治氏: ありがとうございます。ブランディング戦略は重要視しています。例えば、ブランディングにおける重要な要素としてブランドロゴがあります。「名湯一門 高見屋」のブランドロゴは、我が家の家紋をベースにしつつ、中世ヨーロッパから続く伝統的な紋章のようなアレンジも加えてほしいと希望し、デザインしてもらいました。また、広報全般に関しても、特に写真などのビジュアルにもこだわりたいと考えていて、信頼できる広報担当者を配置しています。新しいアイデアを展開していくときは、社長や関係するメンバー、広報担当者とで丁寧にディスカッションをして形にしていくことを大切にしています。

パンフレットに印刷された「名湯一門 高見屋」のブランドロゴ

原氏: 素晴らしい姿勢ですね。会長がおっしゃってきたように、お客さまに良いお湯に浸かってもらうことや、美味しい食事を楽しんでもらうことが旅館業の基本です。しかし、昨今はこれだけではお客さまが完全に満足することが難しいと感じています。今のお客さまのニーズにより応えるべく、最近進めている取組みがあれば教えてください。

 

博門氏: まさに、お客さまに温泉を楽しんでいただくことはもちろんですが、温泉に付随する楽しみも非常に大切だと感じています。そのためにも、私たちには新しい魅力を創出し続ける使命があります。例えば、12月にオープン予定のビール店を準備中で、おまんじゅう屋や定食屋も展開中です。さらに、空き家や空き地を活用したリノベーションも進め、地域の不動産を引き継ぎ、イノベーションを推進しています。

 

彌平治氏: 蔵王では、この地に生まれ育った人々が減少していて、その影響で飲食店や遊び場などのスポットも少なくなっています。一方で、冬季に訪れる観光客の4〜5割が外国人であり、年々観光客数は増加しています。これら外国人観光客のニーズは日本人観光客とは異なり、温泉だけでなく他の観光スポットも求める傾向があります。しかし、これらの要望に対応するためには、私たちの従来の感覚では難しいと感じていました。そんな中、彼は新たな視点で地域の活性化に取り組み、これまでにないアプローチを積極的に取り入れた点で、彼に任せて正解だったと感じています。その後も、閉店予定の店を買い取り、蔵王の外から友人を連れてきて新業態の店を始めるなど、異なる背景の人々に声をかけて、新たな商売に挑戦しています。このような活動は、地元の人々だけではできないため、新しいチームを組んで取り組んでいます。

 

原氏: 蔵王温泉エリア全体の繁栄を考えたとき、一人だけ、一社だけががんばっても意味がありません。単にひとつの旅館だけが繁栄するのではなく、エリア全体として面での勝負を考えなければならないのだろうなと思います。全体としての取組みを強化しないと、蔵王温泉そのものが衰退してしまう恐れがあります。それを理解されているから、高見屋さんは地域全体で連携し、共に発展するような取組みを進めていっているんでしょうね。

 

彌平治氏: 特に若い人がいなくなると、地域や組織が衰退してしまいます。そのため、外から若い人が来て商売ができる環境をつくることが重要です。ただ、その際に排他的な態度を取ってしまうと、新しい人やアイデアが入ってきづらくなり、結果として何も変わりません。だからといって、すべてを無条件に受け入れるのではなく、本当に良いと感じたものだけを取り入れるべきです。しかし、単に「今までと違うからダメ」という理由で新しい方法を拒否すると時代に取り残されたり、新しい人が活躍できなくなったりする可能性があります。柔軟に考え、新しいアイデアや人材を適宜受け入れることが重要です。

 

原氏: 「外」というキーワードが何度か出ました。外から人が入ってくるときに、外から学んで生かせることも多くありそうですね。

 

彌平治氏: その通りで、何かをつくるときはそのものにオリジナリティがなければ、持続可能ではないと考えています。単にほかの真似をしているだけでは意味がありません。しかし、ゼロから何かをつくるのは難しいため、ほかの地域や企業がどうしているかを見て学ぶ必要があります。私たちの世代が現役のときは、蔵王がスノーリゾートとしてとても人気だったため、よその地域を見る必要がないと考えていました。でも、そのことが今は逆に障害になっています。成功している観光地、例えば野沢温泉(野沢温泉スキー場。長野県下高井郡野沢温泉村野沢)などを見にいくことが、新しいアイデアを生むきっかけになりますし、実際に社長も視察に行っています。ただし、そこと同じことをするだけでは二番煎じになるので、さらに新しいことを考え出すことが重要です。今は他地域の良さを見て、そこから良い影響を受けて、オリジナリティを付加して、新しいことに挑戦できていると思います。

原氏: ここまでお話を伺って、リーダー自身が「先代の苦労を忘れず、常に全力で取り組む」という思いを強く持っていることが感じられます。伝統を大切にしながらも新しい挑戦を続けているからこそ、交通の便が良いとはいえないにもかかわらず、多くの人々が訪れる魅力的な観光地・施設として存続しているのでしょうね。

 

彌平治氏・博門氏: そう評価いただき、大変光栄です。原監督、今日は遠方までお越しいただき、素晴らしいお話をありがとうございました。

 

原氏: こちらこそ、学びの多い時間を過ごさせていただきました。ありがとうございました。

最後に

■彌平治会長から中小企業経営者へのメッセージ

 

中小企業を経営してきた経験から、小規模な組織だからこそ自分が本当にやりたいことを実行できると感じています。自分が信じる方法で事業を運営することが、自社を良くするためのカギとなるのではないでしょうか。この方法に具体的なエビデンスが伴うことで、より成功しやすい流れが生まれると思います。

 

■博門社長から中小企業経営者へのメッセージ

 

経営者としての経験が5年程度の私が何かを語るのは少々恐れ多いですが、中小企業が持つ活力は日本の経済を支える大きな力として非常に重要な役割を果たしていると思います。日本全体で見ると、中小企業の割合は9割を超え、非常に高いことからもその重要性が伺えます。私自身も、中小企業がいかに重要であるかを深く感じています。一つひとつの中小企業は単独では大きな力にはなり得ないかもしれませんが、これら小さな力が集まることで大きな力になると確信しています。

 

■対談を終えて原監督が感じたこと

 

会長がおっしゃっていた「駅伝でいえばたすき、リレーでいうとバトン。どちらも“つなぐ”ものであり、経営では一代という数十年の中で何をし、次世代にどう“つなぐ”かを常に考えています」という言葉がとても印象に残っています。

“つなぐ”という点で、私が率いる陸上部も、20年前には何もない状態からスタートし、厳しい環境の中で練習を重ねてきました。その当時の苦労を忘れてはならないと、常にチームに伝えてきました。今は恵まれた環境が整っていますが、その価値を理解し感謝し、初心を忘れずに行動することが求められています。この教えは先輩から後輩へと受け継がれてきたのだと感じています。またこれは、高見屋さんの庭訓のひとつ「千本杉の教え」と深く共鳴する考え方だと思いました。

高見屋さんは「名湯一門」というコンセプトのもと、300年以上に渡り大切に守り続けてきた温泉をお客さまに提供しています。さらに、社員一人ひとりが「湯守人」としての役割を果たす企業文化を築き、「四方よし」の精神を見事に体現しています。これからも様々な挑戦を続けながら、関わるすべての人々に幸せをもたらすおもてなしを提供し続けるでしょう。いつかプライベートでゆっくり訪れたい温泉旅館のひとつです。

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