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資源価格の高騰やサプライチェーンの強靭化、人口減による労働力不足への対応など、製造業界が抱える課題は数多く存在します。特に大手セットメーカーの下請けとして事業を行う中小企業の場合、顧客の要望に沿ったものづくりをするだけでなく、自社の提案力や開発力、技術力を磨くことが変化の多い時代を生き残るカギになるといえます。
「経営者から学ぶ」対談シリーズは、青山学院大学陸上競技部の原晋監督が、様々なフィールドで活躍する経営者との対談を通じて、日本を革新していく中小企業経営のヒントを探っていく企画です。原監督は第98回(2022年)箱根駅伝で、同陸上競技部を大会新記録で6度目の総合優勝へと導くなど、企業経営にも通ずるチームマネジメントのスペシャリストとして、活躍し続けています。
第4回は福岡県古賀市で創業43年となる、ケミカルライトをはじめとする化学発光体(サイリウム)などの製造・販売を行う株式会社ルミカ。同社は開発力・技術力を生かして自社商品を数多く生み出し、今や化学発光体分野のみならず、LEDや教育、多目的ドームなど、幅広い分野の事業を展開しています。創業者でもある代表取締役社長 原田 士郎氏にお話を伺いました。
対談ゲスト プロフィール
株式会社ルミカ 代表取締役社長 原田 士郎(はらだ・しろう)氏
1944年、福岡県福岡市生まれ。九州工業大学卒業後、商社に10年勤務。1979年、日本化学発光株式会社を設立(2001年に「株式会社ルミカ」へと商号変更)し、釣りウキ用発光体「ケミホタル」を発売後、大ヒット商品となる。その後の事業拡大に伴い、スペインに支社、インドネシア、中国、アメリカに製造・販売拠点を設立。商社勤めの頃から商品開発・事業開発に取り組み、現在も第一線で新商品・新事業を開発し続ける。
経営者が率先して動けば、開発力のある人材が育つ
青山学院大学陸上競技部長距離ブロック 監督 原 晋氏(以下、原氏)
株式会社ルミカ 代表取締役社長 原田 士郎氏(以下、原田氏)
原氏: 株式会社ルミカ(以下、ルミカ)といえば、「ルミカライト」をはじめとするコンサート用のペンライトも代表的な商品のひとつですよね。夜釣りの定番アイテム「ケミホタル」については後でじっくりお話ししたいと思いますが、ペンライトもケミホタルの技術を応用して作られていると伺いました。ペンライトは何時間くらい発光するんですか?
原田氏: 5分・10分程度のものもあれば、24時間・48時間発光するものもあります。面白いことに、発光時間の短いペンライトの方が売れるんです。私は「長く発光する方がおトク感もあって売れるだろう」と考えていたんですが、マーケティングはわからないものですね。
原氏: 不思議ですね。ただ、コンサートが中止や延期になるなど、感染症の流行によりエンターテインメント業界も大打撃を受けました。この2年ほどペンライトの売れ行きは厳しかったのではないでしょうか。
原田氏: なかなか売れませんでしたね。ただ、外出自粛が続く中でひとつだけ良かったことがありました。私は2019年までは海外出張する機会が多かったんですが、2020年以降は海外に行けなくなった分、まとまった時間ができたんです。
原氏: その時間をどう使われていたんでしょうか。
原田氏: 新商品や新事業の開発に没頭していました。40年以上開発を続けてきましたが、ますます楽しくなってきました。あれこれ試行錯誤するうちに、アイデアを編み出せるものなんですよ。
原氏: 社長自身が率先して商品開発・事業開発をしていれば、社長の背中を見ている社員たちもポジティブな影響を受けそうな気がします。若手も育っているんじゃないでしょうか。
原田氏: 商品開発へのモチベーションは向上しているような気がします。新卒で入った社員もいい仕事をするんですよ。たとえば、子どもが元素記号を学べるフィギュア「ぼくたちエレメンツ」(2022年3月に発売開始)ができたときは「これは素晴らしい!」と感心しました。
原氏: そういう優秀な人たちは何を機にルミカを知って入社してくるんですか。
原田氏: 新卒採用自体は2010年からスタートして、毎年8人くらい入ってきていたんです。ただ、売り手市場になると採用が難しくなります。苦戦した時期に始めたのが、社長ブログ「日々是如夢 士郎の珍奇な発見と妄想」で、こちらが採用につながっています。ブログの前身となったのが、社員の日報に毎日返信をする「日報交換」でした。1年続けた後、私の発信が社外にも見えるようにと思い、ブログに移行した経緯があります。
原氏: 2017年からご自身の歩んできた道のりや商品の開発秘話などを更新されていますね。詳しく書かれているので、読むと原田さんがどんな方なのか、ルミカが何をしている会社なのかが伝わってきます。
原田氏: 案外読まれているんですよね。商品開発をメインテーマとするブログだから、開発に興味のある人に読んでもらいたいと思っていたら狙い通りで、開発をしたい学生がエントリーしてくれます。それはありがたいことなんですけど、仕事そっちのけでブログを書いていたら今度は書くのが楽しくなっちゃって(笑)。面白いブログを書くために、より面白い仕事をしよう! となっていますね。
原氏: いい相乗効果が生まれていますね。採用に困っている中小企業の経営者にとっても参考になるお話です。
ケミホタル開発秘話に見る、不可能を可能にする挑戦
原田氏: ブログは「手を動かす」ことの一例ですが、足を使って動き回ることも大事だと考えています。動けば見えてくるものは必ずあるし、何かつかめるはずなんです。問題解決に向けたヒントが必ずそこにあります。
原氏: 原田さんは困ったときやアイデアを形にするためにインプットをしたいと思ったとき、どんなところに足を運んでいるのでしょうか。
原田氏: 香港や深センの見本市に年2回くらい行ってましたね。1日4万歩くらい歩いて、会場を隅から隅まで見て回るんですよ。
原氏: すごく広い会場ですね。初めて行ったときは衝撃を受けたんじゃないでしょうか。
原田氏: 広すぎますからね。でも、1回目は退屈したというか、あまり面白く感じなかったんです。2回目に行くと気づきがありました。たった半年でこの業界はこんなに変化しているのか、この商品をこの安さで作れるようになっているなんて……と、びっくりすることも多くて。
原氏: 発見があるわけですね。香港や深センは日本からアクセスしやすいですから、会場には日本のビジネスパーソンもたくさんいるんでしょうか。
原田氏: それが意外と見ないんですよ。日本の経営者はみんな見本市に行って、各業界の変化に直接触れるといいと思います。そうすれば次の一手を正しく打てる確率が上がるでしょうし、何より商品開発・事業開発は面白いので、他の方に任せるだけでなく経営者自身も関わった方がいいと言いたいです。
原氏: それで言うと、対談冒頭に挙げたケミホタルも、ルミカ創業期に原田さん自身が動き回って生み出した商品ですよね。開発秘話をお聞きしたいと思っていました。
原田氏: 商社に勤めて10年ほど経って、独立・起業を考えていた頃、何を事業にしようか模索していたんです。そんなとき、アメリカ総領事館で手にしたカタログで、ケミホタルで使うことになる化学発光体「サイリューム」(※1)を知りました。掲載されている記事を見て、夜釣りで使う電気ウキが光っている映像が思い浮かんだのです。それが1977年のことです。
(※1)製造元はアメリカの企業と国防総省で、二社が共同特許を保有。後に契約を結んで取引開始し、現在は原液をルミカで製造。日本ではルミカが釣具・玩具として商標登録している。
原氏: ケミホタルが登場するまで、光るウキなんて存在しませんでしたね。暗闇の中でウキがどこにあるか見えづらくて夜釣りは難易度が高い……と感じる人も多かったと思います。
原田氏: 私も初めての夜釣りの1投目で電気ウキが岩にぶつかって、壊れてしまったことがありました。その1ヶ月後にサイリュームを知ったんです。サイリュームを使って発光するウキを作れば夜釣りをする人たちに売れるだろうと思い、会社を辞めてケミホタル開発へ向けて動き出しました。
原氏: 運転資金がほぼゼロの状態から起業し、ハードな道のりを歩んだことはブログに詳しく綴られていますね。あらためてケミホタルの仕組みを教えていただきたいです。
原田氏: サイリュームを極小サイズにしてウキの頭に付けたものがケミホタルです。発光体を小さくする必要があったので、まずは極小のガラスアンプルを開発しました。アンプル自動製造機を自作し、アンプルの量産ができるようにしたんです。当時は発光原液だけを入手するのが難しかったため、6インチのサイリュームを分解して発光原液を取り出し、1/100〜1/50の極小ガラスアンプルに詰め直して……と、技術畑の仲間5人と試行錯誤を重ねました。1979年、試作品200個ほどを持って東京と大阪の見本市に出展したら大反響を得て、その後うちの大ヒット商品となっていった流れがあります。
原氏: お話を聞いていると、できない理由を考えるのではなく「どうすればできるのか?」だけを考えていけば、不可能と思えるようなことも実現していくんだなと感じます。小さなことでいいので、まずは形にしようとする姿勢が大切なのでしょうね。
原田氏: おっしゃる通りです。発光原液は門外不出でしたが、その後の交渉でサイリューム製造販売の独占契約に成功しています。何事も一歩踏み出して動いていれば、解けない問題は存在しないと経験を通じて感じています。
資金・設備に限りがあってもヒット商品は生み出せる
原氏: ただ、少ない資金でどうやって商品開発をするのか、気になる方も多いんじゃないでしょうか。一般的には、マーケティングリサーチをして試作品を作り、さらにリサーチして、売れる見込みがついて初めて商品化されると思います。ルミカのやり方はそういう手法とは違いますよね。
原田氏: 我々にはそんなことをする余裕も資金もないので、新商品はまず手作業で作ります。売れるかどうかわからないものを作るのに設備投資はできませんから。手で作ったものが100個売れたら、この商品は売れると確信して、次は1,000個作るという具合です。
原氏: 100個も手作業で作れるんですね。
原田氏: 100個なら大丈夫です。1,000個作るには道具、10,000個作るには機械、100万個以上だと大型の機械が必要になりますが。創業当時から、道具や機械も全部自社で作るんですよ。装置作りの名人が社内にいて、数日で作ってくれます。
原氏: 生産の手前にある道具・機械設計のお話からも、ルミカの技術力の高さが伝わります。中国・大連に拠点を持っていますよね。そことも連携しているんでしょうか。
原田氏: 大連の工場ではすべて手作業で生産しています。100万個くらいまでは手作業で量産できるんです。そんな生産体制で、道具や機械に投資することが少ないですから、うちは創業当時は機械類の有形固定資産はたったの500万円でした。
原氏: 驚きました。設備投資を考えるにあたり、非常に参考になるお話だと思います。これに関連してOEMについても伺いたいです。御社のサイトで「OEM製作を承ります」と見かけたもので。
原田氏: 大連の工場で2009年頃からOEMを受託しています。中には10億円売り上げる大ヒット商品も出てきました。自社の新商品は売れるか売れないかわからないのに対して、OEMは確実に利益が出ますし在庫を持ちませんから、とてもうまみのあるビジネスといえます。どちらの事業に価値があるかと考えると、私は自社商品であると考えていますが、経営上はOEMの方が優れているわけです。
原氏: 経営者としては、独自開発した自社の新商品がヒット商品になればうれしいわけですよね。でも、OEM商品と違って、確実に売れるかどうかはわからない。悩ましいですね。
原田氏: 悩ましいですが、自社商品とOEM商品のどちらもあっていいんだと考えるようになりました。パンデミックでOEM市場が急速に冷え込んだため、自社での新商品開発が不可欠であると、社員たちもあらためて認識し始めたようです。ただ、両者は区別して考える必要があると思っています。例えば、既存商品やOEM商品で100万円の売り上げを立てるのは簡単ですが、自社の新商品だと、はじめのうちは難しい。だからこそ、自社の新商品が売れるのはとても価値あることだと思いますし、100万円分売れたら「100万円“も”売れた」と考えます。
原氏: 販売の話が出てきたので伺いたいのですが、ECサイトでの販売が好調なのではないでしょうか。
原田氏: ここ10年ほど自社のECサイトを運営していますが、大きく成長していますね。魅力的な商品を他の店や他社ECで売らずに、自社EC限定で販売していたら、一度買ってくれたお客さまはまた買いに来てくださるんですよ。大手ECモールに出店するのではなく、自社ECを作って売るのが大事です。
原氏: 開発者自身がECを運営することで、商品の良さや魅力が顧客に伝わりやすくなるでしょうね。開発から販売まで、素晴らしい体制を築いておられると思います。
雇用を守り、社員が安心して働ける環境作りは企業の責務
原田氏: 原監督にそう言っていただけるとうれしいですし、もしかしたらうちが上手くいっている会社に見えている方もいるかもしれません。でも、会社存亡の危機は実に14回もあったんですよ。それを乗り越えてこられたのは、絶対に会社を潰さない覚悟があったからです。
原氏: 会社は潰れたらおしまいというのは、私も中国電力時代に5人のメンバーと共に新会社を立ち上げる機会があったときに痛感しました。資本金5,000万円でスタートしたのですが、あるとき新会社の社長から通帳の明細を見せられて、人件費ばかりが出ていくマイナスの状態で、このままいくと倒産するよと言われました。そのときに、会社は攻守のバランスを大事にしながらも、勝ちを積み重ねていかなければと実感しました。会社もスポーツの現場と同じく負けたらおしまいで、勝つことを常に考えないといけないんです。
原田氏: そうですね。社員の雇用を守るのは経営者の責任です。だから厳しい時期でも覚悟を持って乗り切ってきました。
原氏: 会社が危機に直面したとき、どのような方法で雇用を維持したのでしょうか。
原田氏: 方法は簡単なんですよ。最初に自分、続いて役員というように、報酬を高い人から順に減額していきました。これで大半の難局は乗り切れますし、もし今後新たな危機が訪れても、なんとかなるだろうと自信を持っています。人件費削減となったとき、パートやアルバイト、若手などの給与をカットすることから始める会社はこの先、生き残れないでしょう。
原氏: そう考える経営者のもとで働く人たちは幸せだと思います。働きやすい職場づくりについてもお話を伺いたいのですが、どんな取り組みをしていますか。
原田氏: 一般的な制度ですが、3年の育児休暇があります。子どもが生まれるのは素晴らしいことですから、何回でも取得してほしいと思っています。これまでは女性だけが育休を取得してきましたが、男性にも取得してもらえるよう、制度をさらに整えていきたいと考えています。ただ、うちの制度や福利厚生は発展途上でして、見習いたいなと思っているのが、取引先のゼネラルアサヒ社(福岡県福岡市)です。社内に保育所やベーカリー、コンビニがあり、社員の働きやすい環境を作りながら好業績を維持しています。
原氏: それは助かりますね。待機児童問題が30年近く続いている中、特に保育所は働く親御さんにかなり喜ばれるでしょう。
原田氏: 会社の保育所で社長が社員の子どもたちと接することができたら、これほど素晴らしいことはないと思います。同社は、ルミカが開発したエアコン付きの「砂場パオ(※2)」を購入され、園児たちの遊び場として重宝しているそうです。子どもを育てている人を含め、誰もが安心して勤められる環境作りは今後も模索していきたいですね。ただ、偉そうに話してますが、社員を対象に実施したモチベーションサーベイの結果を見ると、あまり満足度が高いとはいえないんです。どうすれば彼らの満足度を上げられるか、原監督にご指導いただきたいです。
(※2)ルミカでは特別な道具も必要なく、3〜5時間で簡単に組み立てられる多目的ドームハウス「iPao(アイパオ)」を展開。2008年頃から開発を始め、2011年の東北大震災後に被災者向けの避難所、ボランティア向けの休息所として改良を急いだ時期もあった。iPaoを砂場として使う砂場パオのように、多様なシーンで利用可能。
原氏: 永遠の課題ですね(笑)。
原田氏: スポーツには勝つという明確な目的があります。会社員はどうか? そう考えると、社員が自分の給与を自分で決めたらどうか? とは思っています。陸上競技部では数字をどう意識していますか。
原氏: 大会に出る部員には目標タイムを自分自身で設定させます。大会当日まで練習を重ねながら、掲げた目標と結果をすり合わせていく世界です。ビジネスも同じで、社員一人ひとりが自らの業務における目標をできる限り数字で表して設定するのが大切だと思います。管理職や社長が部下に数字を提示するのではなく、社員自身が自分で考えて決めるのがいいんじゃないでしょうか。
原田氏: スポーツマネジメントの手法を企業マネジメントに用いるわけですね。数値化して自己管理をする、と。
原氏: 他人が決めた目標を追いかけて動くよりも、自分が決めた目標に向かっていく方が、個々のやる気は上がると思います。だからこそ、自分の目標は自分で立てて、目標と結果を照らし合わせたものを提出してもらって見える化して、ひと月ごとのスパンで見ていくのはいかがでしょうか。
原田氏: 非常に参考になります。監督、今日は遠方までお越しいただき、素晴らしいお話をありがとうございました。
原氏: とんでもないです。こちらこそありがとうございました。
最後に
■原田社長から中小企業経営者へのメッセージ
商品開発・事業開発は本当に面白いです。40年以上飽きずに夢中になってますが、今も新たなアイデアが浮かんできます。もちろん、アイデアが次々と湧き出てくるわけではなく、考えて行動し続けて、形になるアイデアがパッと出てくるまでには相応の時間がかかりますが。こんな面白い仕事を社員たちに任せて、経営者は“社長業”だけというのはもったいないと思います。経験と能力を駆使して新市場での新商品開発に猛進するといいことばかりです。なんといっても社内に“商品開発・事業開発マインド”が生まれ、皆が率先して開発を進めるようになります。既存製品の改善を進めるのも大切ですが、世界の動きを冷静に見ながら新たな挑戦をしていくことも会社の発展には欠かせません。アイデアをすぐに形にできるスタッフと試作に必要な機器類を周りに揃え、社内に“開発競争”を引き起こせば、中小規模であっても高収益企業へと仲間入りできるはずです。
■対談を終えて原監督が感じたこと
「無理」「できない」という言葉は原田社長の辞書にはありません。できない理由なんて考えずに、できる方法をひたすら考え続けるからこそ、あらゆる難題や危機を会社として乗り越えてこられたのでしょう。私も学生に「できない理屈を並べるな、できる理屈を考えろ」とはよく伝えます。「できない」を前提に考えると、プラスになるアイデアはひとつも生まれないからです。対して、できる理屈は簡単に出てくるものではありません。本当の意味で「考える」ことをしなければ出てこないものともいえます。ルミカの開発力・技術力の源はリーダー自身の「“できる”から始まる発想」にあるのだと思います。そんな社長の姿を見て学び、影響された次世代が、ルミカという会社をますます発展させていくことを願っています。
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