昨今、中小企業にとって対策を講じなければならない問題のひとつに、ハラスメントがあります。セクハラやマタハラ対策は従来通り事業主の義務ですが、2022年4月より、中小企業にもパワハラ防止法が適用されました。また、近年問題視されているカスハラ(カスタマーハラスメント)についても、従業員を保護する対策を義務付ける法改正の検討が進んでいます。
ハラスメントは、企業にとって訴訟リスクや企業イメージの低下を招きうる深刻な問題です。ここでは、ハラスメントの種類と、中小企業が取り組むべきハラスメント対策を解説するほか、ハラスメントの対策事例も紹介します。
ハラスメントの種類
ハラスメントには、パワハラ以外にもさまざまな種類があります。ここでは、パワハラを含め主なハラスメントを9つご紹介します。
パワハラ(パワーハラスメント)
パワハラとは、同じ職場で、職務上の地位や人間関係などの優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて精神的・身体的苦痛を与えたり、職場環境を悪化させたりする行為です。
例えば、身体的な攻撃、精神的な攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求、過小な要求、個の侵害などが挙げられます。
パワハラ防止法(正式名称:労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)および厚生労働省の指針によれば、パワハラとは以下の3つの要素をすべて満たすものと定義されています。
<職場におけるパワハラの3要素>
(1)優越的な関係を背景とした言動であって
(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより
(3)労働者の就業環境が害されるもの
出典:「職場におけるハラスメント関係指針」(明るい職場応援団)」を加工して作成
カスハラ(カスタマーハラスメント)
カスハラとは、顧客が企業や従業員に対して行う、理不尽な要求・暴言、威圧的な態度などの嫌がらせのうち、従業員の就業環境が害される行為のことです。例えば、些細なミスに対して大声で怒鳴る、執拗に謝罪を要求する、SNSで企業や従業員を誹謗中傷するといった行為が挙げられます。また、長時間の拘束や過剰なサービス要求、性的な言動も含まれます。
出典:「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を加工して作成
セクハラ(セクシュアルハラスメント)
セクハラは、相手の意思に反して「性的な言動」を繰り返し行い、それに対する反応によって労働条件について不利益を与えたり、就業環境を悪化させたりする行為です。改正男女雇用機会均等法の第11条では、企業に対してセクハラの予防・対策を義務づけています。
性的な内容の発言としては、性的な事実関係を尋ねる、性的な内容の情報(噂)を流布する、性的な冗談などが挙げられます。また、性的な行動としては、性的な関係を強要する、必要なく身体に接触する、強制わいせつ行為などが該当します。なお、「男性から女性」だけでなく、「女性から男性」「同性同士」のほか、例えば「男性からトランス女性」「男性からトランス男性」など、どのような性別の人がどのような性別の人に対してでも、すべてが対象となりますのでご注意ください。さらに、性的少数者への差別的な言動や嫌がらせは「SOGI(ソジ)ハラスメント」とされていますが、性的なハラスメントについては、セクハラに含まれます。
出典:「職場における・パワーハラスメント対策・セクシュアルハラスメント対策・妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント対策は事業主の義務です!」を加工して作成
セクハラについては、下記の記事をご覧ください。
ハラハラ(ハラスメント・ハラスメント)
ハラハラとは、他人の言動に対して過剰に反応し、不快感や嫌悪感を覚えた際に、それをハラスメントだと主張することです。例えば、上司が遅刻してきた部下に注意をしたり、社員のスキル不足を理由に簡単な仕事を与えたりした際に、それをパワハラだと訴えるケースが挙げられます。
ハラハラが起こる背景には、パワハラやセクハラなどのハラスメントが社会問題として大きく取り上げられるようになったことが起因しているといわれます。「平均的な労働者の感じ方」をハラスメントの基準として判断すべきとされていますが、その基準を明確にすることは困難です。そのため、偏った個人の考え方によるものや自分の気に入らないことをハラスメントだと訴えられることがあります。
ハラハラについては、下記の記事をご覧ください。
モラハラ(モラルハラスメント)
モラハラは、相手に対してモラル(倫理や道徳)に反した不当な言動や文書の送付などを繰り返し行うことで、尊厳を傷つけたり、心身に損傷を与えたりする行為です。身体的な攻撃ではなく精神的な暴力を指します。職場におけるモラハラは隠れて行われることが多いため、顕在化しづらい傾向があります。
アルハラ(アルコールハラスメント)
アルハラは、アルコール飲料に関係した嫌がらせや迷惑行為、人権侵害などです。飲酒、多量摂取、一気飲みなどの強要、飲めない人への配慮を欠いた行為、酔った上での迷惑行為などが該当します。アルハラによる死亡者が出たことから問題視され始めました。
アカハラ(アカデミックハラスメント)
アカハラは、大学などの教育・研究に関わる教職員が、優位な力関係のもとで部下に対して行う嫌がらせのことをいいます。例えば、部下に対して学習・研究活動の妨害や昇任差別、研究成果の収奪、退職勧奨をする行為などがあります。
また、被害者が学生の場合もあり、指導教員から卒業・単位取得・進級・就職の妨害、暴言や過度の叱責を受ける行為などもアカハラです。
マタハラ(マタニティハラスメント)
マタハラは、働く女性に対し、妊娠・出産を契機として精神的・肉体的な嫌がらせをする行為です。また、解雇や雇い止め、自主退職を促す行為も含まれます。
なお、厚生労働省は、2017年1月に男女雇用機会均等法及び育児・介護休業法の解釈通達を改正し、妊娠・出産、育児休業などを契機としてなされた不利益取り扱いは、違法行為であるとしています。
出典:「職場におけるハラスメント対策マニュアル」(厚生労働省)」を加工して作成
リモハラ(リモートハラスメント)
リモハラは、リモートワーク中にウェブ会議システムなどを使用していて、ウェブカメラやマイクを通して行われるハラスメントのことです。テレハラ(テレワークハラスメント)とも呼ばれます。在宅勤務などのリモートワークが増えたことで問題視されるようになりました。
出典:「職場におけるハラスメント対策マニュアル」(厚生労働省)」を加工して作成
企業が今すぐにでも行うべきハラスメント対策
では、上記のような各種ハラスメントに対して、企業はどのような対策を講じるべきなのでしょうか。
例えばパワハラの場合、次の4つの措置を講じることが企業に義務づけられています。
<事業主が雇用管理上、講ずべき措置>
(1)企業(事業主)の方針の明確化と周知・啓発
(2)相談や苦情に応じ、適切に対処する体制整備
(3)職場におけるパワハラへの迅速かつ適切な対応
(4)(1)~(3)の措置と合わせて講ずべき措置
企業がパワハラ防止法に違反した場合、2024年7月時点では罰則は設けられていませんが、厚生労働大臣が必要だと認めた場合には、事業主に対して助言、指導または勧告が行われます。勧告に従わない場合には、企業名を公表できると定められています。
また、パワハラ防止法でパワハラの定義や防止の義務が明確化されたことで、パワハラの被害者が損害賠償請求訴訟を提起するケースが増えるとも考えられます。企業は、訴訟用の保険に入るなどの事前準備も必要です。
それでは、具体的にどのような対策を講じれば良いのでしょうか。ここからは、企業が今すぐにでも行うべきハラスメント対策をご紹介します。
ハラスメントへの見解を周知する
まず、職場におけるハラスメントがあってはならないという、自社の見解や方針を明確化し、社内に周知します。就業規則に記載するほか、社内報、社内ホームページなどでもアナウンスしましょう。同時に、ハラスメント行為者に対して、懲戒などの厳正な処分を行う意思表明も明文化して周知します。
ハラスメント研修を行う
ハラスメントに対する従業員の意識を高めるため、ハラスメント研修や講習を実施しましょう。社内でコミュニケーションをとる中で、自分でも気づかないうちに加害者になってしまう人もいますので、ハラスメントに関する知識を与える場を設けることは重要な対策です。管理職は部下に指示を出す立場にあり、一般職は指示を受ける立場にあるため、ハラスメントの基礎知識は共通ですが、それぞれの立場での内容が望ましいでしょう。
ハラスメント研修については、下記の記事をご覧ください。
ハラスメント相談窓口を設置する
相談窓口の設置はハラスメントを防止する法令等により義務化されています。企業は窓口担当者を定め、窓口担当者が相談に対して内容や状況に応じた適切な対応をします。中小企業の場合、社内の人事総務部門に窓口を置くのが一般的でしょう。
ハラスメント相談窓口については、下記の記事をご覧ください。
ハラスメントを見逃さない風土を作る
社内にハラスメントを見逃さない風土を根付かせることも重要です。加害者への同調はもちろん、ハラスメントがあってもそれを見て見ぬ振りをするような空気があると、ハラスメントはどんどん日常化していきます。ハラスメントが発生しない雰囲気を作るだけでなく、ハラスメントかどうかの判断が難しい場合に、注意したり相談したりできるような環境の構築も目指しましょう。
ハラスメント対応型の保険に加入する
いくら対策を講じても、思わぬところでハラスメントが発生して従業員が訴訟を起こすケースや、従業員が取引先の担当者に対してハラスメント行為をして訴えられるようなケースも考えられます。
こうした場合に備えて、弁護士費用や賠償金などの支払いをサポートするのがハラスメント対応型の保険です。万一の際に対処するため、ハラスメントに伴う訴訟リスクに対応した損害保険への加入も検討しましょう。
企業のハラスメント対策事例
実際に企業は、どのようなハラスメント対策を実施しているのでしょうか。最後に、企業が行ったハラスメント対策の事例をご紹介します。
eラーニング研修を義務化(建設業)
大手企業のグループ会社として建築関連事業を展開しているT社は、親会社からハラスメント防止について学ぶためのeラーニングシステムの提供を受けています。T社では、このシステムによる研修を受講し、修了しないと日常業務で使用するグループ共通のイントラネットを利用できないというやり方を実践しました。
また、独自に自社業務に即した内容の「コンプライアンスマニュアル」を編集して配布し、ハラスメント防止のための知識やノウハウを共有・浸透させています。
研修内での周知やホットラインを設置(小売業)
全国に店舗を持つ中堅小売業者であるK社は、正社員、管理職は圧倒的に男性が多く、パート・アルバイトは女性主体の職場環境です。近年、コンプライアンス室を本部内に設置して、毎週「コンプライアンス室通信」を全店に発信しているだけでなく、新人・中途採用研修では接客研修の前にコンプライアンス研修を行い、セクハラ・パワハラ防止に触れるなどしてきました。
また、パワハラを相談できる窓口としてホットラインを設置し、電話、メール、FAXを用意し、情報が漏れない体制を確立しました。
出典:「職場のパワーハラスメント対策取組好事例集」(厚生労働省)を加工して作成
ほかの事例については、下記の記事をご覧ください。
ハラスメント対策の一環として保険加入も視野に入れよう
ハラスメント対策への取り組みは、中小企業にとって急務の課題です。特に、セクハラ、マタハラについては、パワハラ防止法と関係なく、すでに対応策、防止策を講じることが法律によって義務化されています。
今後、ハラスメント関係のトラブルや訴訟などは増加していくと予想されており、金銭的リスクを避ける必要があります。AIG損保では、「業務災害総合保険(ハイパー任意労災)」の特約として、「雇用慣行賠償責任補償特約」をご用意しています。ハラスメント対策の一環として加入をご検討ください。
参考:(明るい職場応援団)
*記載されている法令、規則等は記事作成日現在のものです。
*AIG損保は掲載内容につき万全の注意をしておりますが、内容の正確性完全性につきこれを保証するものではありません。
*お客さまの個別の案件につきましては、専門家・専門機関にご相談ください。
MKT-2024-532
監修者プロフィール:
山本喜一(やまもときいち)
特定社会保険労務士、公認心理師、精神保健福祉士
上場支援、労働基準監督署、労働組合、メンタルヘルス不調者、ハラスメント、問題社員対応などを得意とする。著書「補訂版 労務管理の原則と例外 働き方改革関連法対応」新日本法規、「労働条件通知書兼労働契約書の書式例と実務」日本法令、「IPOの労務監査標準手順書」日本法令、「相談者を裏切らない 機能する社内相談窓口のつくり方」中央経済社など多数。
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