経営にまつわる課題、先駆者の事例などを定期的に配信しております。
ぜひ、お気軽にご登録ください。
1 会社役員の遺族が抱えるリスク
株式会社の代表取締役など、会社の役員として活動していた個人が死亡した際に、その相続人にあたる遺族が損害賠償請求を受けて困惑するというケースがあります。
その遺族が、会社経営には一切関与していなかった場合には、なおさら対応に非常に苦慮することになります。
そこで、現職の会社役員としては、自分が死亡した後に遺族が抱えかねないこのようなリスクについても十分に検討しておく必要があります。
2 相続制度の仕組み
(1) 相続の対象となる財産
人が死亡した場合、相続制度に基づいて、故人(被相続人)が保有していた財産(遺産、相続財産)は妻や子などの相続人に引き継がれます。
相続によって相続人に引き継がれるのは、現金、預金、不動産その他のプラス財産だけではなく、借金や連帯保証人としての地位などのマイナス財産も含めた全ての財産です。
(2) 当事者が知らなかった財産も相続される
相続によって被相続人から相続人に引き継がれる財産は、「全て」の財産であり、「全て」という意味は、プラス財産もマイナス財産も、というだけに留まらず、被相続人や相続人がその存在を知っていた財産に加えて、その存在を知らなかった財産も同様に引き継がれるという意味も含んでいます。
例えば、故人が家族に内緒で別荘を購入して保有していたとすれば、その別荘も相続の対象になりますし、故人に借金があることを相続人が知らなかったとしても、その借金はそのまま相続人に引き継がれます。
知らずに相続される財産がプラス財産である場合にはあまり問題はありません。問題となるのは借金その他の債務を典型とするマイナス財産の場合です。
債務は相続によって当然に相続人に承継されますから、お金を貸した人その他の債権者は、相続人に対して弁済を請求することになります。そのような請求を受けて初めて債務の存在を知った相続人は、その債務が発生した原因も良く分からないままに対応を迫られることになります。
(3) 相続放棄-債務を相続した相続人の対応方法
相続によって債務を承継することになる相続人が、その債務を免れるための方法として、相続放棄という制度が用意されています。
相続人が、自分のために相続が発生したことを知った時から3か月以内に、家庭裁判所に対して相続を放棄するための所定の手続を取れば、その相続人は最初から相続人ではなかったものとして取り扱われることとなります。これが相続放棄の制度です。
相続が放棄されれば、相続人は被相続人の債権者からの追及を免れますが、この相続放棄の手続については、いくつかの注意すべき点があります。
まず、相続放棄は、最初から相続人ではなかったという効果をもたらしますから、単に相続した債務の責任を免れるというだけではなく、プラス財産についても一切承継できなくなります。
そして、相続放棄の制度について、重要な点が、自己のために相続の開始があったことを知った時から原則として3か月以内に所定の手続を取らなければならない点です。
この3か月以内に相続放棄の手続を取らなかった場合、相続人は被相続人の持っていた全ての財産(プラス財産及びマイナス財産)を引き継ぐことが確定し、その後に相続を放棄することはできなくなります。
相続放棄すれば一切の財産を相続しないことになり、相続放棄しなければプラス財産もマイナス財産も全て相続するということであれば、相続人としては、相続財産を吟味した上で、プラス財産よりもマイナス財産の方が大きい場合には相続放棄しようと考えるのが通常です。
もちろん、法律上は、プラス財産の方が多い場合であっても相続放棄は可能ですし、実際にも、相続手続を煩わしく思ったりするなどの理由で、トータルでプラス財産となる遺産があるにもかかわらず相続放棄の手続が取られるケースも見受けられますが極めて稀です。
そうなると、一般的には、相続を放棄するか否かを決めるに際しては、被相続人の財産を調査して、プラス財産とマイナス財産のいずれが大きいのかを確認することが重要になります。
ただ、このような相続財産の調査には相当程度の時間を要することがあり、そのため、相続放棄の手続をすべき3か月以内に調査が完了しないことも考えられます。
そこで、このような場合には、相続人が家庭裁判所に申し立てて、この3か月の期間を伸長してもらうという制度も用意されています。
3 会社役員の損害賠償責任と相続
(1) 会社役員の損害賠償債務は相続の対象となる
株式会社の代表取締役を典型例とする会社役員には、会社や第三者に対する厳格な法律上の責任が課せられており、会社役員が不適切な業務遂行により会社や第三者に対して損害を与えた場合、被害者である当該会社や当該第三者に対して損害賠償責任を負うことがあります。
この損害賠償責任に伴う会社役員の損害賠償債務は、当該会社役員にとってのマイナス財産ということになりますが、マイナス財産であっても前述の通り相続の対象となります。
そして、前述の通り、被相続人や相続人が存在を知らない財産であっても相続の対象となりますから、当該会社役員自身が、損害賠償責任を負っていることに気付いていない場合であっても、その損害賠償債務は相続人に引き継がれることになります。
(2) 会社役員の損害賠償債務を相続人が引き継ぐ具体例の検討
次のような事例で検討してみましょう。
品質保持期限切れの商品を再利用し集団食中毒を発生させた会社が社会的信用を失って営業不振となった結果、解雇された従業員が会社の代表取締役に対して、重大な過失による任務懈怠があるとして損害賠償請求訴訟を提起したが、訴訟の途中で被告とされた代表取締役が死亡した。
類似の事例で実際に起こされた訴訟事件があり(平成17年5月18日名古屋高等裁判所金沢支部判決-ジャージー髙木乳業事件)、この実際の訴訟事件では代表取締役の相続人が総額約5500万円の支払義務を負う内容の判決を受けたようですが、相続発生時点では既に訴訟が起こされていたため、相続人としてもその訴訟での請求内容を検討した上で、相続財産として引き継ぐプラス財産と比較した上で相続放棄をしないという判断をしたものと考えられます。
しかし、この上記事例を少し変えて、仮に、代表取締役が死亡した後で、相続人を被告として訴訟が提起された場合を想定するとどうでしょう。
代表取締役が死亡した時点で、その相続人がこの訴訟で請求されている損害賠償債務の存在を認識することは不可能に近いと思われます。
その結果、相続人は相続放棄の必要性について検討することもなく、相続放棄ができる3か月という期間が経過し、もはや相続放棄ができなくなった後に、訴訟が提起されるという事態が発生しえます。
その時になって、相続人が相続したプラス財産よりも訴訟で請求されている損害賠償債務の方が大きいことを認識しても、相続放棄ができない結果、その損害賠償債務を引き継がざるを得ないということになります。
このように、会社役員の責任については、相続発生後では対応困難なケースがありますので、このことを念頭に置いて予め対応を検討しておく必要があるものと言えます。
以上
(執筆)つるさき法律事務所 弁護士 津留﨑 基行
MKT-2021-501
「ここから変える。」メールマガジン
関連記事
パンフレットのご請求はこちら
保険商品についてのご相談はこちらから。
地域別に最寄りの担当をご紹介いたします。
- おすすめ記事
- 新着記事