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1 株式会社の役員個人に対する責任追及
株式会社の活動に伴うトラブルの当事者となるのは、本来会社自体であるはずですが、近時、会社の取締役個人に対する責任を追及する動きがしばしば見受けられます。
中でも、株式会社を代表して業務を執行する代表取締役はターゲットになりやすいといえます。
株式会社の取締役はこのような傾向を踏まえて業務執行にあたる必要が年々増しているといえるでしょう。
2 株式会社における会社役員の責任
(1) 代表取締役の責任-会社・株主に対する責任
会社役員の中でも、株式会社の代表取締役には、その強大な権限に見合った厳しい法的責任が課せられており、上記の通り、現にその責任が追及されることも多いことから、以下、株式会社の代表取締役の責任について解説します。
営利追求を目的とする会社から事業活動の遂行を依頼されている代表取締役は、会社が利益を上げられるように、適切に業務を遂行すべき責任があります。
仮に、代表取締役がそのような責任を怠って、会社に損害をもたらしたときは、代表取締役は会社に対して損害賠償責任を負うことになります。
例えば、代表取締役が放漫経営のために会社に大損害を与えた場合には、その代表取締役は会社に対して損害賠償責任を負うことになります。
もっとも、会社を代表して業務を遂行しているのは代表取締役ですから、会社が社長に対して現実に損害賠償請求権を行使することは期待できないケースがあります。そのような場合に、会社の実質的な所有者である株主が会社をいわば代理するような形態で社長に対して損害賠償請求をする手続が法律上認められています。これが株主代表訴訟です。
このように、株式会社の代表取締役は、会社および会社の実質的な所有者である株主に対して重い責任を負わされた立場にあります。
(2) 代表取締役の責任-第三者に対する責任
株式会社の代表取締役は、会社や株主以外の第三者に対しても損害賠償責任を負うことがあります。
会社法429条1項は、「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う」と定めています。
具体的にどのような場合に会社役員に「重大な過失」があったと認められるかについては色々と難しい問題ですが、大切なことは、会社の取引先その他の第三者から、会社としての業務に基づいて、会社だけではなく場合によってはその会社の代表取締役個人に対して損害賠償を請求できる場合があるということです。
3 中小企業における代表取締役の責任
以上で述べました代表取締役の責任に係る法制度そのものについては、大企業であろうと中小企業であろうと基本的に同じです。
しかし、現実的な法的責任追及の実態については、大企業と中小企業とで大きく異なる点があります。
(1) 中小企業では会社・株主に対する責任が問題になりにくい
中小企業においては、代表取締役ないしその家族等の関係者が会社の全ての株式を保有していることが多いのが一般的です。このような場合、代表取締役がその行為によって会社に損害を与えたとしても、被害者であるはずの会社の実質的所有者である株主は代表取締役自身やその関係者であるため、代表取締役に対してその責任を追及するという状況にはなりにくいと考えられます。
特に、代表取締役が会社の株を全て持っている場合、代表取締役がいくら会社に損をさせたとしても、実質的な被害者は株主である代表取締役自身ですから、損害賠償請求という問題にはなりえず、株主代表訴訟は発生しません。
(2) 中小企業では第三者に対する責任が問題になりやすい
会社の業務に基づいて損害を受けた第三者は、会社に対して損害賠償請求をするのが自然な流れです。
しかし、その会社に資力がなかった場合はどうでしょうか。さらに、その会社の代表取締役個人はお金持ちだった場合はどうでしょうか。
損害賠償請求をする第三者としては、お金を持っていない会社よりも、お金を持っている代表取締役個人を相手にしたいと考えるのが普通でしょう。このような考え方は、洋の東西を問わず共通であり、アメリカではDeep Pocket Theory(ディープ ポケット・セオリー)と呼ばれているようです。Deep Pocket、つまり深いポケットというのはお金が沢山入っているポケットという意味であり、お金持ちを意味します。請求するならばお金持ちに対して請求すべきという理論です。
上場企業などの大会社との取引などによって損害を受けた第三者は、普通はその会社そのものに対して損害賠償請求をするのであって、その会社の役員個人に対して損害賠償請求しようとする者は稀です。それが法律上も自然な構成ですし、損害賠償請求訴訟で勝訴すれば問題なくお金を回収できる可能性も高いからです。
ところが、中小の会社が相手である場合、会社そのものには見るべき財産がなく、仮に会社に対する損害賠償請求訴訟に勝訴したとしても、現実に会社からお金を回収することが難しそうなケースがいくらでもあります。
そのような場合、損害賠償請求しようとする側は、何とかその会社の役員個人から損害を回収できないか検討しようとするものです。その役員個人が豪邸に住んでいるなど裕福であるように見える場合にはなおさらです。まさにDeep Pocket Theoryです。
このように、役員個人に対して損害賠償請求することを検討する際に活用されるのが、会社役員個人の損害賠償責任を認める前述の会社法429条1項の規定です。
かくして、中小の会社においては、法律上は会社そのものが損害賠償請求の相手方となりそうなケースでも、実際には代表取締役個人が標的とされて損害賠償請求がなされるケースが散見されることになります。
(3) 中小企業の代表取締役個人が責任追及される例
(事例1) 会社が飲食店舗を運営するために建物を賃借していたが、会社が賃貸借契約期間の更新を希望したにもかかわらず賃貸人が更新を認めずにトラブルとなり、更新を前提として当初の賃貸借期間満了後も引き続き建物を占有していた会社に対し、賃貸人は不法占拠に基づく損害賠償金を会社の代表取締役個人に対して請求したという事案
(事例2) 会社が経営不振に伴う事業縮小のために従業員を解雇したところ、当該従業員が会社に加えて会社の代表取締役個人に対しても損害賠償を請求したという事案
(事例3) 会社に転職してきた従業員が、転職前の会社の顧客に契約を切り替えるように働きかけていることが発覚し、転職前の会社が実際に契約を切り替えられたことにより失った利益などの損害について会社の代表取締役個人に対して損害賠償請求したという事案
(事例4) 取締役会において前の代表取締役が解任を決議され名誉を棄損されたとして、当該前の代表取締役が慰謝料等の損害賠償を会社と現在の代表取締役個人に対して請求したという事案
これらの事案は、素直な法律構成で検討すれば、請求の相手方は会社となるのが普通ですが、会社法429条1項を援用して代表取締役個人に「重大な過失」があると主張して会社の代表取締役個人に対して損害賠償請求訴訟を提起したものです。
まさに会社の資力が期待できない中小企業ならではの事案と言えますが、現実に発生した事案です。
中小企業の代表取締役は、このような個人的なリスクを常に抱えているものと理解して業務を遂行する必要があるものと言えるでしょう。
以上
(執筆)つるさき法律事務所 弁護士 津留﨑 基行
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