ハラスメントは、どの業界の企業にとっても発生させてはいけない問題です。しかし、ハラスメントは社内だけの問題ではなく、取引先や依頼先などとの業務で発生する可能性もあります。特に建設業界の場合、元請けである大手建設会社と、一次下請け、二次下請けなど、たくさんの企業などが関連するため、自社の従業員が被害者になったり、加害者になったりと、さまざまなケースが予想されます。

ここでは、建設業にありがちなパワハラをタイプ別に解説しましょう。

建設業界で知っておきたいパワーハラスメントの基礎知識

ハラスメントとは「いやがらせ」や「いじめ」を意味します。ハラスメントには「パワハラ」や「セクハラ」といったよく聞くものだけでなく、「モラハラ」「アルハラ」など、複数の種類があります。

まずは、建設業界で知っておきたいパワーハラスメントの基礎知識について見ていきましょう。

パワーハラスメントの定義

パワハラは、職場における「優越的な関係を背景とした言動」であって、「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」により、「労働者の就業環境が害されるもの」であると、厚生労働省が定義しています。

ここで注意すべき点は、「優越的な関係を背景とした」という部分です。これは一見すると、「職務上の地位が上」と考えられますが、たとえ同僚や部下であっても、「業務上必要な知識や経験を持ち、当該者がいなければ業務が困難」な場合は、「優越的な関係」があるとされます。

 

出典:「ハラスメントの定義」(厚生労働省)

雇用関係がなくてもパワーハラスメントとなる

定義だけ見ると、パワハラは自社内で完結する行為に見えますが、そうではありません。2020年6月に「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(パワハラ防止法)の改正案が施行され、職場におけるパワハラ防止対策が強化されました。これにより、事業主には自社の社員と雇用関係のない他社の社員とのあいだにも、パワハラが発生しないように配慮する義務ができたのです。

雇用関係がないパワハラとしては、自社の社員が他社の社員からパワハラの被害に遭う「従業員被害者型」と呼ばれるケースがあります。建設業界では、クライアントである元請け業者は、下請け業者に対して有利な立場にあります。ですから、元請けの社員から自社の社員に「だらだらと仕事をして工期を遅らせるな!この無能が!」と罵倒する、元請けの社員が「それでも、ちゃんと仕事しているつもりかよ!」と罵り、空き缶を蹴って自社の社員の前に飛ばしてくる…などの行為があればパワハラにあたると考えられます。

 

反対に、自社の社員が他社の社員にパワハラをしてしまう「従業員加害者型」と呼ばれるケースもあります。例えば、一次下請けである自社の社員が、二次下請け社員がヘルメット着用の義務を怠るなどのミスに対し、大声で人格を否定しながら怒鳴りつければ、もともとの指摘自体に正当性があってもパワハラにあたると考えるべきでしょう。

もし、事業主が対応を怠った場合には、損害賠償請求がなされる可能性もあります。パワハラ防止法は大企業ではすでに適用されていて、現在、中小企業では努力義務となっていますが、2022年4月には適用されます。今後、中小企業でも対応が必要です。

なお、元請けと下請けの関係におけるハラスメント対策は、別記事で詳細に解説していますので、ご一読ください。

 

出典:「転ばぬ先の杖~建設業で知っておきたい元請け・下請けとの関係とハラスメント対策~」(AIG損保「ここから変える。」)

パワーハラスメントの種類

ハラスメントにはさまざまな種類があります。ここでは、建設業界で注意したいパワハラの種類をご紹介しましょう。

「身体的な攻撃」型のパワーハラスメント

人体に直接危害を加えるのが、「身体的な攻撃」型のパワハラです。身体的な攻撃は「暴力」あるいは「傷害」といった行動を想像するかもしれませんが、重要なのは攻撃度合いではないという点です。つまり、相手にケガを負わせたかどうかではなく、ただタオルを投げつけただけでも状況によってパワハラになる可能性があります。

「精神的な攻撃」型のパワーハラスメント

言葉で精神的に相手を追い詰める行動に出るのが、「精神的な攻撃」型のパワハラです。たとえ相手がミスをしたのだとしても、人前で「辞めてしまえ!」などと威圧的に叱責すればパワハラとされる可能性が高いです。

「人間関係からの切り離し」型のパワーハラスメント

一人の社員をほかの社員から隔離して別室で仕事をさせたり、話しかけても集団で無視したりするのが、「人間関係からの切り離し」型のパワハラです。業務ではやりとりしていたとしても、社内行事などに誘わないなども十分にパワハラとして成立します。

「過大な要求」型のパワーハラスメント

本人の能力以上の業務を依頼し、遂行不可能な状態にするのが、「過大な要求」型のパワハラです。これは、仕事の「分量」だけでなく、新人にベテラン並みのクオリティを求めることも含まれます。また、ミスなどをした場合に、ペナルティとして、業務上不必要な作業をさせることもパワハラとなりえます。

「過小な要求」型のハラスメント

「過大な要求」とは反対に、本人の能力以下の業務を依頼するのが、「過小な要求」型のパワハラです。例えば、簿記の資格を持ち経理のスペシャリストとして働くことを期待され経理部に配属された社員に対し、コピー取りやシュレッダーがけしか命じないなど、本来の業務とは異なるレベルの労働をさせることなどが該当します。

「個の侵害」型のパワーハラスメント

プライバシーの侵害も、「個の侵害」型のパワハラとなります。職場以外の行動を監視したり、無断で個人の所有物を撮影したりすることが該当します。また、個人のプライベートな情報を、許可なくほかの社員に教えたりすることも含まれます。

 

出典:「ハラスメントの類型と種類」(厚生労働省)

建設業界で起きるパワーハラスメント例

パワハラは、どの業界でも発生しうるハラスメントです。特に、建設業界の現場では社外との連携業務も多いので、さまざまなケースのパワハラが起こりえます。

ここでは、建設業界で起きるパワハラの例をご紹介しましょう。

上司から部下に対するパワハラ

パワハラで多いのが、上司から部下に対するハラスメントです。建設業界の危険な現場作業では、時に厳しい口調になりがちです。そのため、運んでいる資材を落したり、きちんとロープなどで荷を縛っていなかったりすれば、「死にたいのか?」「辞めてしまえ!」などと罵倒してしまうケースがあります。ただし、注意した人間は、人命に関わるミスを犯さないように叱責したつもりでも、オフィスなどの安全な空間での指導と状況が違うので、パワハラとなるかの判断は必ずしも同じというわけではありません。相手の成長を促す指導と受け取られない可能性もあります。

また、昔ながらの職人気質による「仕事は見て覚えろ」という考えは、仕事を教えてくれずに無視しているとされ、パワハラとみなされるケースがあります。

同僚間のパワハラ

同僚間でもパワハラは発生します。例えば、「おまえ彼女いるのか?」といったプライベートの詮索は、よくあるパワハラの例です。特に、「個の侵害」になるプライベートの詮索は、同性間、異性間を問わず起きるので、注意が必要です。

また、「おまえ、もっとしっかり仕事しろよ」などと言いながら、ヘルメットの上から軽く頭を叩くなどの行為も、パワハラとなる可能性があります。

部下から上司に対するパワハラ

部下から上司に対するパワハラも発生する可能性があります。例えば、作業を命じる上司に対して、「そのやり方は間違っているので、あなたの指示は聞きません」と執拗に反発し続けたり、話しかけても無視をしたりするようなケースがあります。この場合、上司が無理に命令に従わせようとすると、部下から「パワハラをされた」と訴えるケースもあるため、注意が必要です。

社員から下請けに対するパワハラ

自社の社員が下請けに、パワハラを行うケースもあります。例えば、「工期に間に合わないのは仕事をサボっているからだ!」などと罵倒するケースもあるでしょう。また、下請けの技術レベルを超えた依頼をしておきながら、「依頼した仕事が望んだ完成度に至っていない」といって、再三やり直しを求めるケースもあります。

パワハラが発生した場合の損害賠償請求に対する備え

パワハラを含めて、有効なハラスメント対策としては、社員に正しい知識を身につけさせることがあります。何がハラスメントに該当するかを知ることで、無意識の行動によるハラスメント発生などを防止できるでしょう。また、定期的な研修などで意識づけをすることが重要です。ですが、建設現場などでは、自社の社員がハラスメントをしなくても、他社の社員から自社の社員がハラスメントを受けるケースもありますので、被害者のメンタルケアができる体制も整えたいところです。

また、どれだけ事前に対策を立てていても、ハラスメント事案はどのような形で発生してしまうかわかりません。もし、ハラスメント事案が訴訟に発展すれば、金銭的損失や企業イメージの失墜もありえます。

 

万が一パワハラが発生した場合に備え、損害賠償請求に対するリスクも視野に入れておくべきでしょう。

AIG損保では、「業務災害総合保険(ハイパー任意労災)」の中に、「雇用慣行賠償責任補償特約」をご用意しています。パワハラ対策の一環として、加入をご検討ください。

監修者プロフィール:

山本喜一(やまもときいち)

社会保険労務士法人日本人事

特定社会保険労務士、精神保健福祉士

 

上場支援、労働基準監督署、労働組合、メンタルヘルス不調者、問題社員対応などを得意とする。現在は同一労働同一賃金対応に力を入れている。著書「補訂版 労務管理の原則と例外 働き方改革関連法対応」新日本法規など多数。

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