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1 従業員の過労死に関する最近の報道事例等
最近、従業員の過労死に関する報道を目にすることが増えてきています。令和6年4月には、長距離トラック運転手が運転中に心筋梗塞を発症し死亡したことは長時間労働が原因だとして、遺族が勤務先の運送会社に約5400万円の賠償を求めた訴訟について、会社が謝罪し、解決金を支払う内容の和解が成立したとの報道がありました。
過労死は、被害者だけでなくその家族や企業、ひいては社会全体にとっても大きな損失です。また、複数の労災保険給付支給決定を発生させた企業に対しては、本社を管轄する都道府県労働局長から「過労死等の防止に向けた改善計画」の策定を求められ、同計画に基づく取り組みを企業全体に定着させるための過労死等防止計画指導等が実施されます。
このため、企業には従業員の過労死を防止するための積極的な取り組みが求められます。
今回のコラムでは、過労死等の定義と労災の認定基準について確認をしたうえで、裁判例及び企業に求められる過労死対策について、基本的な事項を解説していきます。
2 過労死等の定義と労災認定基準
はじめに、過労死等とは、業務における過重な負荷による脳・心臓疾患を原因とする死亡や、業務における強い心理的負荷による精神障害を理由とする死亡またはこれらの疾患のことをいいます。 長期間にわたる特に過重な労働は、著しい疲労の蓄積をもたらす重要な要因とされており、脳・心臓疾患の発症にも影響を及ぼすとされています。
令和3年9月には、労災認定基準が改正され、長時間労働と過労死の関係性について新たな認定基準が公表されました。
厚生労働省「脳・心臓疾患の労災認定基準 改正に関する4つのポイント」より引用
改正後の認定基準では、週40時間を超える時間外・休日労働がおおむね月45時間を超えて長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まり、発症前1か月間におおむね100時間または発症前2か月間ないし6か月間にわたって1か月当たりおおむね80時間を超える時間外・休日労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できるとされています。
また、上記の時間(いわゆる過労死ラインの水準)に達していない場合であっても、これに近い時間外労働を行った場合には、労働時間以外の負荷要因、具体的には、勤務時間の不規則性や事業場外における移動を伴う業務、心理的負荷を伴う業務、身体的負荷を伴う業務、作業環境の状況も十分に考慮し、業務と発症との関係が強いと評価できる場合があることが明確化されています。
「これに近い時間外労働」については、具体的な数値は示されていませんが、認定基準の「運用上の留意点について」(通達)においては、労働時間が長ければ労働時間以外の負荷要因による負荷がより小さくとも業務と発症との関連性が強い場合があり、また、労働時間以外の負荷要因による負荷がより大きければまたは多ければ、労働時間がより短くとも業務と発症との関連性が強い場合があるとされています。そして、労働時間と労働時間以外の負荷要因を総合的に考慮して業務と発症との関連性が強いと評価される例として、以下の2つの事例を挙げています(同通達・別紙2)。
【事例1】 |
Aさんは、トラックの運転手として、県内で製造された電気製品等を国内各地に所在するホームセンターの物流センターに配送する業務に従事していた。Aさんは、これらの業務に従事し、発症前2か月平均で月約71時間の時間外労働を行っていた。 夜間運行を基本とし、20時から23時に出勤し、翌朝8時から9時、遅い日では15時頃まで勤務していた。発症前6か月の拘束時間は、発症前1か月から順に、216時間、302時間、278時間、266時間、219時間、291時間となっていた。 Aさんは、配送先の物流センターで製品の積み込み作業中に倒れた。物流センターの作業員が倒れていたAさんを発見し、救急車を呼び病院に搬送したが、Aさんは、心筋梗塞により死亡した。 |
【事例 2 】 | Bさんは、関東に所在する水産加工工場に勤務し、水産物の仕入れや営業担当業務に従事していた。Bさんは、これらの業務に従事し、発症前3か月平均で月約64時間の時間外労働を行っていた。 この3か月の全ての勤務は泊付きの出張であり、主に仕入業者との商談や営業のため、関西と九州方面の港に出張していた。 発症前3か月の泊付きの出張日数は64日、工場から関西や九州方面へ移動を要した日数は24日に及んだ。Bさんは出張先で、痙攣、めまい、吐き気の症状を訴え、救急車を呼び病院に搬送され、脳梗塞と診断された。 |
このため、企業としても、形式的に労働時間のみを把握するだけではなく、他の負荷要因についても目を配りながら、従業員に過重な負荷をかけていないかを確認し、自社の労働環境の改善に取り組むことが大切です。
3 過労死に関する裁判例
次に、過労死等について労働災害の認定がなされると労災保険制度に基づく補償金の給付を受けることができますが、すべての損害が補償されるわけではありません。このため、労災保険で補償されない損害については、遺族から企業等に対し損害賠償請求が行われることになります。
そして、訴訟では、以下のとおり、企業だけではなく、代表取締役等の役員についても責任が認められることがある点に留意する必要があります。
裁判例 |
事故の概要等 |
・津地裁平成29年1月30日判決 |
・三重県にあるドーナツチェーンのFC店の男性店長が死亡したのは過重な業務が原因の過労死だとして、遺族が店を経営する同県四日市市の製菓会社と社長らに約9500万円の損害賠償を求めた訴訟。 ・裁判所は、「店長の兼務により業務量が増え勤務時間が増えた。長時間労働により心身に負荷がかかり死亡に至ったと考えるのが相当。会社側は業務の軽減措置も取っていない」と指摘し、会社及び当時の代表取締役に対し、計4600万円の支払いを命じた。 |
・大阪高裁平成23年5月25日判決 |
・居酒屋チェーンの男性店員が急性心不全により死亡したのは過労が原因であるとして、両親が経営会社と社長ら役員4人に損害賠償を求めた訴訟。 ・裁判所は、同社の基本給が月80時間の時間外労働を前提にしていると指摘し、「労働時間について配慮していたとは全く認められない」として会社と役員の責任を認定し、約7860万円の支払いを命じた。 |
4 企業に求められる対策
現在、働き方改革を背景に、過労死等の防止は喫緊の課題とされており、企業には従業員の過労死等を防止するために積極的な取り組みが求められます。
企業に求められる過労死対策の主な施策としては、たとえば、以下の取り組みを挙げることができます。
まず、従業員の労働時間を適切管理・把握したうえで、長時間労働の削減に向けた取り組みを行う必要があります。労働時間の把握に関しては、厚生労働省が公表をしている「労働時間適正把握ガイドライン」を参照することが有益です。また、削減に向けた取り組みとしては、たとえば、労働時間等設定改善法によって努力義務として規定された勤務間インターバル制度の導入などが考えられます。勤務間インターバル制度については、厚生労働省の「働き方・休み方改善ポータルサイト」において、制度の詳細説明、運用マニュアル等の資料、企業の導入事例等が公表されており、参考になります。
次に、過労死等を防止するためには、仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)のとれた働き方ができる職場環境作りを進めることが重要です。使用者と労働者で話し合い、計画的な年次有給休暇の取得に取り組んだり、子育てや親の介護等を行う必要のある従業員への配慮からテレワークなどを導入したりすることなどが考えられます。
また、過労死等の防止には、従業員のメンタルヘルスケアに取り組むことも有益です。従業員のメンタルヘルスケア対策に関しては、予兆が見られた段階で、早期にケアできる体制を構築することが重要です。ストレスチェックの実施はもちろん、従業員への情報提供や医療従事者への相談窓口の設置、健康アプリの導入など、メンタルヘルス不調者に対し、早期に対応できる仕組みづくりが考えられます。
最後に、職場のハラスメントの防止も挙げられます。実務的には、職場におけるハラスメントをきっかけとしてメンタルヘルス不調になってしまう例も見られ、それが過労死等につながってしまう可能性もあります。ハラスメントに関しては、セクシャルハラスメントやパワーハラスメントだけではなく、マタニティハラスメントやカスタマーハラスメント等にも留意する必要があります。企業には、各種のハラスメントについて、予防から発生してしまった場合の対応、再発防止策に至る一連の体制づくりに取り組むことが求められます。
そして、自社の実情を踏まえた実効的な仕組み・体制を構築する観点からは、定期的にアンケートやヒアリングを行い、従業員の意見や悩みを把握し、従業員の声を反映しながら改善をしていくことが大切です。
(このコラムの内容は、令和6年5月現在の法令等を前提にしております)
(執筆)五常総合法律事務所
弁護士 持田 大輔
MKT-2024-511
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