Global Risk Manager

チャットGPTに代表されるAI技術のリスクと対策

2024年6⽉4⽇ 公開

RIMS⽇本⽀部 × AIG損保

Global Risk Manager Vol.009 チャットGPTに代表されるAI技術のリスクと対策

本連載シリーズは、リスクマネジメントのグローバルな⾮営利組織、RIMSの⽇本⽀部とAIG損保の共同編集により、これから海外進出を⽬指す、またはすでに海外進出している企業のリスクマネージャーのスキルセット向上を⽬指しています。⽇々の業務はもとよりビジネスの先を⾒据えた洞察・推察にお役⽴ていただければ幸いです。

チャットGPTのような⽣成AI(⼈⼯知能)が個⼈にも企業にも広く浸透し、関⼼を集めています。こうしたツールは、企業のデータセキュリティにとって、どのような脅威になるのでしょうか。そして、リスクを管理するために、どのようなことが必要なのかを考えます。

AI技術によって⽣み出されるリスクとは

利⽤者の不注意が、機密情報や知的財産の漏洩リスクに

⽣成AIを使⽤する際、ユーザーは多くのデータを⼊⼒します。AIはそれらの情報を⽤いて⾏動パターンを学習し、将来予測や、迅速かつ効率的な作品・⾳声・画像の作成・模倣を⾏います。企業にとって有益に活⽤できる可能性がある⼀⽅、専⾨家はデータの漏洩、知的財産の喪失、その他のデータセキュリティリスクが指数関数的に増加するであろうと警告しています。

世界的メーカーで起きたインシデントの例

  • チャットGPTで仕事の問題を処理しようとして、会社の機密情報を不⽤意に漏洩した。
  • 極秘プロジェクトの電⼦チップの⽋陥を特定するため、チャットGPTにテスト⼿順の最適化を求めた。
  • プレゼンテーションを作成するため、チャットGPTに社内の機密情報が含まれる会議ノートを⼊⼒し、公開した。
  • バグを改善するため、機密性の⾼いソースコードをチャットGPTに貼り付けた。

これらの問題点は、⼊⼒された情報がプラットフォームの⼤規模⾔語モデル(LLM:Large Language Models)のための訓練データになる点にあります。
チャットGPTは処理精度を向上させるため、ユーザーが⼊⼒したデータを保持するからです。ユーザーがチャットGPTに企業秘密と知的財産を⼊⼒することは、運営会社であるオープンAI社に情報を渡してしまうことになるのです。

AIの利⽤禁⽌/利⽤制限が、解決策とならないことも

アマゾン、アップル、ベライゾンなどの⼤⼿企業では、従業員がチャットGPTを利⽤することを禁⽌しています。また、ウォール街の⼤⼿JPモルガン・チェース、バンク・オブ・アメリカ、シティグループなども利⽤を制限しています。

 

しかし、このような⼀般的で使いやすいソリューションの使⽤を禁⽌または制限することは、他の問題を引き起こす可能性があります。

 

サイバーセキュリティの専⾨家は、次のように指摘します。「従業員の⼀部は、禁⽌する会社⽅針にもかかわらず、職場でLLMを利⽤している。LLMは従業員の⽣産性を指数関数的に⾼め、かつ、⽣産性は職場の報酬と直接相関するからだ。企業は20年間、シャドーITと戦ってきた。LLMがシャドーAIとなって、同じ戦いを繰り返すような状況は、望ましくない。」

 

  • シャドーIT:企業として使⽤許可をしていない、あるいは従業員が利⽤していることを把握できていない、IT機器やシステム、外部サービスのこと。情報システム部⾨などによる適切な管理ができないことから、セキュリティ上のリスクとなってしまう。

どのようにAI技術と付き合っていけばいいのか

企業としてAIの利⽤⽅針を定める

最善の⽅法は、企業が従業員に、職場におけるAIの使⽤の許容可能な範囲あるいは許容できない範囲を明確に伝えることです。個⼈データでも、企業にとって商業的価値のあるものでも、システムコードでも、そのツールに⼊⼒できるものと⼊⼒できないものを明確にするルールを確⽴する必要があります。

従業員へ周知し、リスク意識を向上させる

研修を通じて従業員の理解を⾼め、リスク意識を向上させることも不可⽋です。

従業員研修のポイント

  • 従業員に対して⾃分の仕事に及ぼすセキュリティ実践の影響を⽰すこと。
  • 従業員が関係する可能性のある現実的な事例を提⽰すること。
  • 従業員の継続的な教育を奨励すること。
  • 組織は新たなセキュリティ上の脅威や対策について、スタッフが取るべき対策を常に最新の状態に保つ機会を提供すること。

加えて、不審な活動の報告や議論への寄与、さらにはセキュリティ対策の改善に向けた提⾔など、セキュリティ対策へのより積極的な参画も必要だと専⾨家はアドバイスしています。

AI技術に起因するリスクから企業を守るために

徹底したリスク評価を⾏う

AI技術に関連する潜在的なリスクを評価するには、使⽤中のAIシステム、それらが処理するデータ、潜在的に脅威となるプログラム⾔語配列を明確にする必要があるでしょう。その上で既存のセキュリティ対策を評価すると、対処すべきギャップを明確にできます。

AIを安全に利⽤するためのチェックポイント

  • AIモデル(そのインフラストラクチャを含む)が、設計上安全であるかどうか。
  • データ漏洩の可能性や有害なアウトプットにつながる可能性のある脆弱性は何か。
  • 正しい認証と認可、並びに適切なログ記録とモニタリングを確実にするためにどのような措置を取ることができるか。

強固なデータガバナンスを実施する

データの安全な収集、保管、処理を確実にするための包括的な⽅針と⼿順を開発することによって、強固なデータガバナンスを実施することも重要なステップとなります。具体的には、機密データを暗号化してアクセス・コントロールを実施し、データの取扱⼿続を定期的に監査するなどです。

 

また、潜在的な脆弱性を報告してセキュリティ意識の⽂化を醸成したり、データ最⼩化戦略を実施したりすることも、潜在的リスクの低減に役⽴ちます。企業が保有するデータが多いほど、盗まれる可能性のあるデータが多くなり、世界中のデータ規制当局からのランサムウェアに対する要求や罰⾦が増える可能性があるからです。

AI特有のリスクを認識する

AIの主要なリスクの中には、既知のサイバーセキュリティリスクと⾮常に似通ったものもあります。そのため技術的・組織的な対策を調整することで、AIデータガバナンスの枠組みを確⽴できる可能性もあります。しかし、リスクマネージャーはAI特有のリスクを認識しておく必要があります。代表的なものを紹介します。

モデル反転攻撃(Model Inversion Attack)

LLMの⼊⼒と出⼒を反転(Inversion)させる攻撃⼿法。機械学習モデルの出⼒を詳細に調べることによって、利⽤者が⼊⼒したデータ(個⼈情報など)を特定しようとすることが狙い。

データポイズニング攻撃(Data Poisoning Attack)

LLMに学習させるデータに対して、意図的に有害データを仕込む攻撃⼿法。AIが予測する結果を歪めたり、悪意をもって操作したりすることが狙い。

たとえ必要な対策が既存のガバナンス措置と類似しているように⾒えるとしても、これらのリスクには専⾨的な軽減アプローチが必要となります。

法整備を待てばいいというわけでもない

世界中のさまざまな地域で、AIに特化した法律制定に向けた動きがあり、EU(欧州連合)のAI法は、発効の最終段階にきています。

 

国際的総合法律事務所でパートナーを務める法律家は、次のように指摘します。「EUで提案された法律の特定の側⾯は、間違いなく、そのうち明確になるでしょう。AI⾃体の定義や解釈、そして最終的には、どの技術が法律の要件の対象となるかは、特定の問題を引き起こす可能性があります」。

AIに置き換えられると安易に考えない

⼀部の専⾨家は、サイバーリスクの増加はAIの責任ではなく、リスクマネジメントが不⼗分なためであると考えています。⼤⼿AIセキュリティ企業の幹部は、企業のワークフローのすべてにAIを統合するのは早いと⾔います。その理由を次のように説明しています。

 

「AIの利活⽤を最適化するために、どのように組織や機能、業務を変えていけばいいか、時間をかけて解明した⼈はいない。我々のワークフローは、何世紀にもわたって⼈間の相互作⽤を管理するように調整されてきた。AIを実装するための単純なリプレース(置き換え)は、意図しない結果の⼤暴⾛を招くかもしれない。⼤中規模の企業は、企業内政治、予算の制約、株主への責任の問題が加わり、変⾰に関しては硬直的で柔軟性に⽋ける機関である。AIをこうした組み合わせの中に単純に取り⼊れるのでは、回避可能な痛みと失敗を⽣み出すことになるだろう」。

新たな脅威に適応できる柔軟性のあるガバナンス体制を構築する

AI技術は急速に進歩しています。先週まで有効だった対策が、今週も有効だとは限りません。リスクマネージャーはAIのリスクを理解し、適切な対策を整備することに加え、新たな脅威に適応できる柔軟性のあるガバナンスや枠組みを確保できるように⾏動する必要があります。

 

そのためには、AIに関連するリスクと適切な予防対策について全社的な共通の理解が不可⽋です。サイバーセキュリティの専⾨家、AIの専⾨家、法務・コンプライアンスチームを巻き込み、組織全体の連携を促進していきましょう。

詳しくはRIMS⽇本⽀部の
『Risk Management』2023年7-8⽉号をご覧ください。

(本記事は会員限定のため、正会員/協賛会員への登録が必要です)

出典

本記事は、リスクマネジメントのグローバルな⾮営利組織、RIMSが発⾏する機関誌「Risk Management」2023年7-8⽉号の記事を、RIMS⽇本⽀部とAIG損保が翻訳・共同編集したものです。

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