2024年12⽉23⽇ 公開
荒天航海における船舶の運航リスク
荒天航海中における船舶の運航リスクには、波浪による動揺や強⾵による速⼒低下や構造物・備品へのダメージが挙げられます。
とくに波浪は、⼤きな動揺による荷崩れや転覆といったリスクが考えられ、注意が必要な⾃然現象です。危険とされる波⾼の画⼀的な閾値は、現段階において国際機関や業界団体から明⽰されておりませんが、有義波⾼6m付近の海域を船舶が避ける傾向にあります。
国⼟交通省が発⾏したコンテナ船の安全性に関する研究報告(※)では、有義波⾼5.5mから7.5m程度の波⾼を、事故発⽣のリスクがある波⾼として検討に⽤いています。より⼩型の船舶では6mよりも低い波⾼でも事故リスクが⾼まり、船体サイズが⼩さくなれば回避すべき波⾼の閾値は低くなります。
- 国⼟交通省 コンテナ運搬船安全対策検討委員会 最終報告書, https://www.mlit.go.jp/common/001081291.pdf
荒天中に船舶上で発⽣する可能性のある現象
コンテナ船のような船体が痩せている船舶では、パラメトリック横揺れという通常より極めて⼤きな横揺れに遭遇しやすくなる傾向があります。近年ではパラメトリック横揺れに起因したコンテナの海中流出事故が発⽣しています。コンテナが流出しなくとも、⼤きな横揺れのために貨物は過⼤な衝撃にさらされ、損傷を起こす可能性があります。また、パラメトリック横揺れはコンテナ船に限らず、いかなる船舶でも遭遇する可能性があります。
液体貨物特有のリスクにはスロッシング現象が挙げられます。スロッシング現象とは、液体が格納された容器内に気層部が多くある場合、動揺により液⾯が揺れることで液体が激しく波打ち、液体が容器に衝撃を与える現象です。液体の揺れによって衝撃を与えられた容器は、破損や荷崩れを引き起こす可能性があります。
船体への海⽔の打ち込みがある場合、貨物艙に海⽔が溜まり、海⽔濡れや錆損を⽣じる可能性があります。貨物艙を閉鎖するために、貨物艙の暴露部にはハッチカバーが備わっていますが、整備が不⼗分な場合、⽔密性が保たれず外部から貨物艙に海⽔や⾬⽔が流⼊します。船舶には、貨物艙に⽔が溜まったことを知らせるアラームや溜まった⽔を排出するためのビルジポンプが備え付けられていますが、整備や点検が不⼗分だと必要なときに機能せず、損害につながることがあります。
北東アジアの荒天リスク
北東アジアにおける冬季の季節性の海の気象傾向として、東シナ海および南シナ海周辺では北東⾵が強まります。台湾海峡や台湾とフィリピンの間に位置するバシー海峡は相対的に狭い海域のため、地形的特性から⾵⼒が強まる傾向があります。こうした北東⾵が海上に⾼い波を形成します。
シンガポール、インドネシアなどの東南アジアから⽇本、中国、韓国などの北東アジアに向けた南から北への航海の場合、向かい⾵と向かい波による危険を想定する必要があります。向かい⾵を受けることで相対的に強い⾵速の影響を受け、速⼒の低下、⾵圧による船上の構造物や貨物への衝撃が想定されます。向かい波を受けることで激しい縦揺れが発⽣し、船体の動揺やプロペラの空転に近い状態に陥る事(プロペラレーシング)による推進⼒の喪失、⼤きな加速度による貨物への損傷が想定されます。
冬季の典型的な北東アジアの波⾼図(出所:StormGeo)
北太平洋の荒天リスク
北太平洋における冬季の季節性の海の気象傾向として、10⽉頃から4⽉頃までの期間、荒天が発⽣しやすくなります。北太平洋では冬型気象状態が強まり、とくにアリューシャン列島付近では低気圧による荒天が発達しやすい傾向です。波浪・⾵浪が発達し、船舶は揺れ易くなり貨物も動揺の影響を受けやすくなる可能性が⾼まります。
北太平洋で発⽣する低気圧は⾮常に強⼒で⼤型である傾向です。船型を問わず⼀般商船では安全性が著しく低下するため、⾼波⾼域、とくに、有義波⾼が5m〜6mを超えるような海域を回避する傾向があります。冬季の北太平洋では、低気圧により回避する必要のある海域が形成されやすくなります。荒天海域を回避するために、航海距離の増加や速⼒の低下が発⽣し遅延が発⽣することが想定されます。
北⽶⻄岸、とくにカナダ⻄岸港湾を利⽤される場合はスケジュールや荒天遭遇による荷崩れ対策をとり、貨物損害リスクの低減に取り組まれることをおすすめします。
冬季の典型的な荒天発⽣時のアリューシャン列島周辺の波⾼図(出所:StormGeo)
北⼤⻄洋の荒天リスク
北⼤⻄洋における冬季の季節性の海の気象傾向として、北太平洋と同様に10⽉頃から4⽉頃までの期間、荒天が発⽣しやすくなります。11⽉頃までは熱帯低気圧の影響が残り荒天を形成する場合があります。12⽉以降になると温帯低気圧が活発になり、北⽶東岸から欧州⻄岸にかけて荒天が形成されます。北⽶東岸でもカナダやニューヨーク周辺の沿岸部や欧州⻄岸部、とくにフランス沿岸部のビスケ湾や北海の海⾯が荒れ、船舶の運航に影響をあたえます。とくに北⽶東岸は開けた海域が多いため、避難する場所が少なく、⽬的の港湾から遠く離れた場所に避難することが求められ、スケジュールが⼤きくずれることがあります。
荒天リスクへのそなえ
固定・固縛を増やし、貨物の移動防⽌対策を厳重に実施してください。
荒天により増加する加速度を加味して、ラッシング材による固縛を通常より増やしたり、エアバッグや⾓材などを利⽤して貨物間の隙間を埋めるようにしたり、⽊材などによる固定を実施してください。
床⾯にダンネージを敷設し、荷敷を実施することで貨物の移動防⽌対策実施を推奨します。
荷敷は貨物の移動防⽌効果のほか、通⾵換気の改善、床⾯と貨物の間の発汗による濡れ損防⽌、貨物を床⾯から持ち上げることによる床⾯由来の汚損や濡れ損の防⽌の効果も期待できます。
荷重分散や重⼼位置の低下を実施してください。
偏荷重になると、荷重が貨物の⼀部に集中し、損傷の原因になる可能性があります。重⼼位置が⾼い場合、低部が上部の荷重を⽀えきれなくなり、荷崩れの原因となります。できるだけ低重⼼にしてください。液体貨物についてはスロッシング現象による貨物艙やドラム⽸の損傷などを防ぐために、貨物艙や容器内の空洞を減らしてください。
パレットの利⽤やストレッチフィルム・シュリンクラップを利⽤し、貨物形状を整えてください。
偏荷重防⽌のほか、貨物形状を⽅形に近づけることにより、積み上げた貨物の安定性を期待できます。ストレッチフィルムやシュリンクラップを利⽤することによる荷崩れの防⽌を期待できます。利⽤する際は、パレットから貨物の上部まで全体を包むことにより安定度を向上させることができます。
液体貨物はできるだけ満載に近い状態で輸送してください。
積載可能容積に対して少ない量の液体貨物を積載する場合、貨物容器内で液体が動揺に合わせ流動し、スロッシング現象が発⽣する恐れがあります。できるだけ、容器内の空間を減らすように注意してください。
貨物積み付け時の写真や映像を記録することを推奨します。
貨物積み付け後、適切に積み付けを⾏ったことを証明することと、損害が発⽣した際に次回以降の損害防⽌策を⽴てることを⽬的に映像を記録することを推奨いたします。また、貨物の移動や荷崩れを理由にコンテナや船舶などの輸送具の損傷補修費⽤を船社から請求される事案が報告されております。例えば、貨物積み付け前の輸送具の状態もあわせて記録することで、不要な費⽤⽀払いを防ぐ可能性を⾼めることが期待できます。
ばら積み船や在来船を利⽤される場合は本船の状態を確認してください。
荷主が利⽤船を選択できる可能性の⾼いばら積み船や在来船の場合、貨物損害防⽌のために本船の堪航性(安全航海に耐えうる性能)の調査を実施することが有効です。荒天を考慮して注意すべき点は、貨物艙の⽔密性、貨物艙内の底にたまる⾬⽔・海⽔・貨物からでた⽔分等のビルジ⽔の排⽔能⼒、船体の腐⾷状態です。
スケジュールを頻繁に確認してください。
荒天により港湾が稼働せず予定していたスケジュールを守れない場合があります。コンテナ船では急遽、予定した港湾への寄港を取りやめることがあります。荒天が収まった後でも、荒天時に⼊港できなかった待機船舶により港湾が混雑し、遅延が様々な船舶に波及することがあります。
運航者との密な連携を確⽴してください。
運航者や乗組員の知識・管理能⼒不⾜や荷主からのコマーシャルプレッシャーに起因して、無理な航海計画を実⾏しようとする場合、海難のリスクは⾼まります。現場の乗組員や運航者が完全ではないことを理解し、貨物が積み付けられている本船の動向を監視し、必要があれば運航者へ運航計画の確認をおこなってください。加えて、荷主側としては無理なスケジュールの遂⾏を要求することが貨物を危険にさらすことも理解が必要です。必要があれば、海運に特化した専⾨の気象アドバイザリーサービス(Weather Routing)の利⽤を推奨いたします。
以上
AIG損害保険株式会社 海上保険部
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