日本企業を悩ませる海外訴訟
2023年7月、お店で提供された食べものが「熱すぎた」せいで幼児が火傷を負ったとして訴えられていた北米の外食チェーン企業に、1億円を超える(総額80万ドル)賠償を命じる評決が下された。
異例のようだが、実は海外では珍しくない。なかでも、訴訟数が多く、かつ高額の評決が出やすいのは北米で、近年は10億円を超える評決も数多く下されている。そうした予想外の訴訟に悩まされる日本企業が後を絶たない。
「北米で訴えられると、数十ページにわたる分厚い訴状が送られてきます。でも、内容を読んでも、なぜ訴えられたのかが腑に落ちない。『どうしてわが社が被告に?』と困惑されるお客さまがほとんどです」
そう話すのは、AIG損保のグローバルサービスセンターに所属し、北米のPL訴訟に詳しいマネージャー・徳中真理子だ。
徳中は、北米で暮らした経験を持ち、CPCU(米国認定損害保険士)の資格も取得。12年以上にわたって「海外PL保険」の事故対応にあたってきた。
この「海外PL保険」とは、自社が製造・販売した製品により海外で起きる対人・対物事故に備えるための保険だ。
「北米では日本的な感覚と異なり、国民の訴訟に対する心理的ハードルが低く、わずかでも責任を問えそうな企業があれば、原告は積極的に損害賠償の請求をする傾向があるように感じます。日本の常識では『理論的に反論すれば勝てる』と思いがちですが、北米の訴訟は陪審員制度を採用しており、良くも悪くも北米の一般市民の声が結論に影響するようになっています。日本企業にとってはアウェーでの戦いであって、『大きな力を持つ企業』対『かわいそうな一般市民』という構図で描かれがちです。そんな北米の訴訟では、日本的な感覚からすると信じられないような評決が出されるケースもあるのです」
お客さまの思いと声に寄り添って戦う
「ひとたび訴状が届いて訴訟が進行すれば、『ディスカバリー』とよばれる開示手続きに応じなければなりません。製品に関する資料から従業員のメールに至るまで、広範な開示を求められます」
その開示作業は膨大で、10年かかるケースもあるという。不安と混乱で疲弊するお客さまと向き合うとき、徳中には必ず心掛けていることがある。
「どんな製品もユーザーの幸せのために生まれたもの。まずは、開発した方々の開発意図、安全性に配慮した開発努力をしっかり理解することに努めます。その思いを真摯に伝えることこそが裁判で最も重要だからです」
徳中自身も、「おこがましいようですが」と前置きしながら「半分くらいは、お客さまの企業の一員になったような気持ちで訴訟に臨みます」と語る。お客さまの気持ちに寄り添いつつ、自らも当事者意識を持つためだ。
「戦略を練る際はいつも、私たちの見解をお伝えした上で、お客さまがどう進めたいかを伺います。ときには『この製品がいかに安全に配慮して設計されていたとしても、評決まで進むと高額な支払いを命じられる可能性があります』と申し上げねばならないこともあります。ただ、お客さまの気持ちがついてこないまま進めることにならないように、納得してもらえるまで何度でも話し合います」
自分の目はフラットか。過去の例にとらわれていないか。希望的観測で判断してはいないか。何度も自分に問いかけながら、お客さまと向き合う。
訴訟の専門家たちが意見を出し合い、協議を重ねる
現地のAIGと連携して弁護士を任命するのも、徳中の仕事のうちだ。アメリカでは50の州ごとに法律も弁護士資格も異なるが、AIGグループのネットワークを使えば、事案に適した弁護士をすぐに決められる。
「『製品の安全性を主張するためには、どのような情報が必要か』を正確に、意図まで含めてお客さまに説明します。その上で情報を出してもらい、現地の弁護士に迅速に伝えるという仲介も私の大切な役目の一つです」
このとき、徳中は自身でも情報収集を進める。経験豊富な同僚とも意見交換し、現地の商習慣などもくまなく学ぶ。
そして、現地と密に連携し、それぞれが独立した訴訟対応のプロとして議論を重ねる。そのなかで、日米の商習慣や文化の違いからくるミスコミュニケーションも同時に防ぐ。現地からの報告を待つことなく最新情報をすばやく入手できる点も、現地の会議に参加するメリットだ。
こうして、最も可能性の高いシナリオと最悪の事態を想定したシナリオを練りあげる。現地のAIGと弁護士との入念な準備のもと、一貫した主張で原告側と粘り強く交渉し、望む成果を得てきた。
想定外の訴訟からお客さまを守りたい
北米をはじめとする海外では、原告弁護士が企業を悪者に仕立てる訴訟戦略が日常的にみられる。ここに陪審員制度もからみ、日本企業の想定を超える展開につながっている。「こうした傾向は今後も続くでしょう」と徳中は語る。
「利益重視で、社会的責任を果たさないとみなされた企業に対する市民からの風当たりは強い。些細なことでもあげ足を取られて、訴訟に持ちこまれてしまいます。海外でビジネスを行う際は、安全性や社会的責任に配慮している顧客重視の企業だと印象づけておくこと。スムーズに開示請求に応じられるよう、日頃から安全性を裏付ける証拠をきちんと残し、整理しておくことも大切です」
ひとたび訴訟となれば、長期戦になることがほとんどだ。「初めて向き合うとき、お客さまの心はまだ遠い」と徳中は言う。
「でも、一緒にディスカバリーに対応し、戦略を練り、問題をひとつずつ一緒に解決していくうちに、ふとお客さまと心が通じたと感じる瞬間があります。『本当にウチの味方なんだ』『真剣に会社のことを考えてくれているんだ』と思ってくださっている、と。だからこそ長い戦いを乗り越えられますし、最後はいい関係を築いて終幕できることがほとんどです」
お客さまと心を通わせながら、徳中は先の読みづらい訴訟をあらゆる角度から検討し続ける。そこに一切の妥協はない。
「せっかく訴訟が終わったのに『後追い訴訟』が起きてしまった、風評被害が生じてしまった、というようなことのないように、戦略を練る際は多角的な視野で徹底的に検討します。経験豊富な社員や各種専門家と、215を超える国と地域にネットワークを持つAIGならそれができます。これからも理不尽な訴訟に悩まされるお客さまのために、訴訟対応の専門家としての力を発揮していきたいと思います」