包丁の鞘(さや)を作る工房が全焼
火のまわりは早かった。2階で水をかけ続けるが、火の勢いは衰えない。煙に巻かれ、やがて息ができなくなった。窓から顔を出すと、消防士たちが階下から「飛び降りろ」と口々に叫ぶ。金子善弘さん(76歳)は骨折を覚悟し、窓から飛んだ。
「ひどいことになったと思いながら救急車に乗りました。どこまで燃えたろうか。お客さんにどう話せばいいのか。使い慣れた機械も失って…。どうしようと焦るばかりでした」
金子さんは「金子鞘入刃物製作所」の2代目として、かつては刀の鞘作りから始まった伝統の技を受け継ぐ「鞘師(さやし)」。専門で営む者は日本に10人もいないとされる珍しい職業だ。
「調子がよければ1日に100本の鞘を作ります」と話す金子さん。鞘の製作は、2枚のホオノキの板を包丁にあわせてくりぬき、貼り合わせ、さらに外周を削って仕上げる。量産品から一流料理人の一点ものまでを広く手がけ、「ここに持ってくれば、どんな包丁にもぴったりの鞘を作ってもらえる」とのクチコミで全国から依頼が舞いこむ。
「木は、季節によって厚みや幅が変わるので、ちょっとしたことですぐ入らなくなるんです。とくに乾燥すると縮むことを考えながらピタッと合わせるのが難しいところ。お客さんが使いやすいように、満足してくださるように気を配りながら作ります」
そう語る金子さんの工房が火災に遭ったのは、2020年の暮れのことだった。
「一刻も早く振り込むから心配せんでええ」
火災現場から救急車で運ばれた金子さんは、骨折はなかったものの、煙を吸っていたことにより3日の入院を余儀なくされた。
「保険をかけていたことは覚えていましたが、いくら出るか、いつ出るか、何もわかりませんでした。手続きしてもきっと時間がかかる。銀行に融資を頼むしかない。考えなければならないことが山ほどあって、何から手をつければいいのか途方に暮れました」
特に悩んだのは、工房の1階にあった数々の機械のことだった。どれも図面を起こして製作した唯一無二の仕事道具。少なくとも1台あたり入手するのに、500万円以上はかかる。「とにかく、まずは保険会社に連絡を…」と思いながら退院すると、すでに保険代理店とAIG損保の担当者が工房を訪れて、保険金の請求手続きに入ったことを知った。
「あれっ、早いな! と、びっくりしました。でも、何よりうれしかったのは、手続きが始まったばかりだったにも関わらず、保険金の半額を先払いしてもらえることになったこと。『一刻も早く振り込むから、心配せんでええよ!』と言ってくださった代理店さんの言葉にほっとしました。おかげで、銀行の融資も頼まずに済んだのです」
保険金を元手に、完全に工房を復旧できたのは1年後。「保険金がなかったらもっと長くかかっていたと思います。本当によかった」と金子さんは語る。
保険金の一部を先払いして再建をサポート
「夜中の1時半に出火し、金子さまのご家族から保険代理店に事故報告がはいったのは午前11時頃でした」と、AIG損保の豊田孟は振り返る。2011年から、火災保険を主とする損害サービスを担当し、火災事故への知見を深めてきた。
代理店から連絡を受けた豊田は、その日の午後に損害を調査する火災鑑定人とともに現場に駆けつけ、火元だといわれる箇所を見た。この時点では出火原因は不明で、火の不始末などさまざまな可能性が考えられた。豊田は調査会社とも連携し、出火原因を詳しく調べた。
「調査の結果、実際の火元は別の場所で、電気系統による漏電であることがわかりました。電気火災は保険金をお支払いできる条件に当てはまったので、すぐにその場で手続きを開始したのです」(豊田)
通常、保険金は必要書類を提出し、調査などの手続きがすべて完了したのちに支払われるが、AIG損保ではClaims Promise(保険金高額内払サービス)を提供している。Claims Promiseでは、火災などにより被災されて保険金がお支払いできる事故と判断した後、修理見積書などの必要書類をご提出いただく前に損失見込額の最大50%までを早期に内払いすることが可能だ。保険金の一部を甚大な被害に遭われたお客さまへ迅速にお支払いすることで、早期の事業再建をサポートするために適用する。(※)
「火災事故の復旧にかかる費用は莫大です。全焼した建物の撤去費、再建費、設備や什器の復旧費、再建まで他所を借りて事業をする場合は賃借費用もかかる。だからこそ、お客さまが必要だと思った時にお金が手元にあるのがベスト。一部でも先払いすることで事業再建に集中していただき、ご家族との生活再建にも役立てていただけたら」(豊田)
- 甚大な損害で弊社が保険金支払いの対象と判断した事案のうち、お客さまの臨時資金の需要が高いものが対象
欲しいタイミングで保険金を受け取れた
火災事故の後、金子さんはすべての取引先にお詫びをし、事情を話した。取引を打ち切られるかもしれないという恐れが胸にあったが、「大丈夫だから頑張ってくれ」「待っているから、どうか辞めないでほしい」などの温かい言葉を聞いた。
「一刻も早く事業を再開したいと強く思いました。お客さまが待っていてくださるということが何よりも励みになったのです」(金子さん)
火災前に受注した料理学校の卒業式で贈るための包丁の鞘300本は、機械の導入が間に合わず、すべて手彫りで納品した。「よく間に合わしてくれた! ありがとう」と学校側は喜び、生徒たちは金子さんの鞘を手に卒業していった。その後、金子さんの工房には二代目となる機械が少しずつ揃っていった。
「一番欲しいタイミングで保険金を受け取れたと思います。保険金の金額や振り込まれる時期の目処もわかっていたから、すぐ機械を買おう! と前向きになれました。事業はこれから息子の代になっていきます。一つでも確かな設備を残してやりたいし、これからもどんな包丁の鞘でも作れる技術を未来に残していけたらと思います」